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芸術家であることと芸術家でないこと  ジョン・カサヴェテス論

 ジョン・カサヴェテスの映画を見る経験は、何ものにも代え難い。カサヴェテスの映画を良いとも言いたくないし、悪いとも言いたくない。面白いとも言いたくなければ、面白くないとも言いたくない。美しいとも言いたくなければ、美しくないとも言いたくない。
 ジョン・カサヴェテスの映画は、そのような単純な判断から隔絶したところにある。スクリーンの向こうに写っている映像が、単に自分の外部にある別の世界だとは思えない。そこにあるのは自分自身の魂の延長である、自分の人生の一部である。自分の人生を振り返り距離を置いて反省しつつある時ならともかく、今まさに生きられている自分の人生は、良くも悪くもなく、面白くも面白くなくもなく、美しくも美しくなくもない。それは単に、生きられている。
 だがもちろん、それでは何も言ったことにならない。私は、カサヴェテスの映画の価値は分析不可能であるなどと言いたいのではない。言葉にできないほど素晴らしいなどと言いたいのではない。むしろ、カサヴェテスの映画についてとめどもなく饒舌に語りたい。そこにある何もかもを語り尽くしたい。カサヴェテスの映画が凡百の映画とは異なる――いや、およそありとあらゆる映画から隔絶した唯一の映画であるということが、誰の目にも明らかになるまでに説得的に論じたい。……言い換えれば、それは、カサヴェテスの映画について述べる私自身の言葉が読まれるということが、カサヴェテスの映画を見ることによって私の内に引き起こされた感情と同等のものを再現しうるものにまでならなければならないということだ。
 とはいえ、映画を見終えた後で改めてどれほど言葉を積み重ねようとも、実際に映画を見る行為との距離はどこまでも離れてゆくばかりだ。あのどこまでも不可思議な、作品そのものとの一体感は失われる。新たに積み上げられた言葉の全ては、作品との間にある距離を確認することにしかならない。
 私はなにも、映画について述べられてきた従来の映画批評なり映画理論なりを否定したいのではない。もちろんそれらは有効である。とりわけ映画という分野は、様々な要素が複合して織り成されているのだから、全ての要素を同等の水準で一人の人間が把握するのは非常に難しい。映像はいかに撮影され、どのように照明がなされるのか。脚本はいかにして書かれ、俳優はいかにそれを解釈して演技をなすのか。音響はいかにして作品に奉仕するのか。撮影された映像はいかにして編集され、最終的な作品が構成されるのか。
 ただ一本の映画だけについてさえ、様々な分野の専門家が自分の見地からなす様々な発言は多種多様であり、常に学ぶべきことがある。そして、それらを真摯に受け止めた上でなされる、優れた映画批評や映画理論の成果もまた、存在する。……しかし、それでもなお、ことカサヴェテスの映画に関しては、部分部分の技術論だけでは何も語ったことにはならないとしか思えなくもある。
 カサヴェテスの映画を構成する様々な要素を分解する。各ショットの成り立ちについて分析する、ショットを組み合わせる編集について分析する。ショット内での空間の構成について記述し、人物の動きを追い、そこでなされるアクションと演技との関連について考察する。……もちろん、その作業をすることによって初めて、作品のそれまで気づけなかった側面に気づくということはある。……しかし、そんな論理的な分析を積み上げれば積み上げるほど、カサヴェテスの映画の核心からは離れるばかりだという思いが強まっていくのは、いったいどういうことなのか。
 だが、その思いは、カサヴェテスの映画について分析を放棄したいということではない。論理的に分析をし実証する言葉を積み上げる行為が、どこまでも作品から離れるばかりだという思いを抱き続けながらも、全く同時に、作品について述べ尽くしたい、理解しきりたいという衝動もまた、どこまでも強まる。
 ジョン・カサヴェテスの映画について具体的に検討することをなんらなしていない現段階で、私は既に一つの確信を得ている。……そのような思いを人に抱かせる作品こそが、芸術と呼ばれるべきものであるのだと。そして、芸術の経験の内にありつつ、自分の足どころが不確かなままに、そのことを誤魔化すことなく、作品と対峙する行為こそが批評なのだと。
 私は、自分の力の及ぶ限り、ジョン・カサヴェテスの映画とはいかなるものであるのかを論じよう。だがそれと同時に、あらかじめ予告しておこう。議論が進む過程で、どのような発見が得られようとも、新たな認識に到達しようとも……それら全ては、カサヴェテスの映画と対峙する経験を確認するためになされるものだ。
 だから、どのような道を辿ろうとも……最終的に私が戻ってくるのは、今まさにいるのと全く同じ、この場所である。


 私は芸術家なのだと、ジョン・カサヴェテスは言う。
 その言葉をごく皮相にとらえる限り、カサヴェテスの作品は非常に語りやすい。……ハリウッド映画の製作システムに反逆し、インディペンデント作家として活動した男。製作資金を監督自身が調達してまで監督された映画。従来の方法論から大幅に逸脱した演出、俳優たち自身の即興を中心として成り立つ演技。
 カサヴェテスの映画を語るための手がかりは至る所にある。その意味では、これほど語りやすい、批評の対象としやすい監督も滅多にいないとすら言いうるかもしれない。例えば、カサヴェテスの代表作の一本たる『こわれゆく女』もまた、そのような映画である。
 前作たる『ミニー&モスコウィッツ』の時点で既にハリウッドの大手会社との軋轢が強くなっていたカサヴェテスは、自宅を抵当に入れてまでして資金の半分を調達する。残りの半分は、主演男優たるピーター・フォークが『刑事コロンボ』のギャラから支払うことになる。常識的な発想を持つ撮影スタッフとの衝突。撮影のまっただ中でのスタッフの追放。手持ちキャメラを自らまわす監督。映画の完成後も、公開の目処が立たない状況。そんな中での、映画祭での成功。にもかかわらず見つからない配給先。映画館と直接話をつけてなされる、完全な自主配給。自主配給の映画にもかかわらず、アカデミー賞に監督賞と主演女優賞でノミネートされる。自身が監督した『アリスの恋』の主演女優エレン・バースティンが受賞しジーナ・ローランズを破ってしまった事実に狼狽し、泣き始めるマーティン・スコセッシ……。
 『こわれゆく女』という一本の映画をめぐる状況は、あまりにも劇的だ。傑出した「芸術家」によるこの映画に関して語りうることは無数にある。……しかし、作品をめぐる状況をどれほど物語化してみたところで――部分部分の技術的分析についてそう思えたのと全く同じく――この映画から自分が受け取った印象からはどこまでもかけ離れていくという思いだけがつのる。
 その周囲を取り巻く状況があまりにも劇的なものであり、極めて独創的なインディペンデント作家の代表作と見なされているのにもかかわらず、実際に『こわれゆく女』の作中で描かれているのは、ごくありきたりの平凡な出来事でしかない。工事現場で監督を勤める肉体労働者のニック・ロンゲッティは、妻のメイベルと三人の子供たちとともに暮らしている。メイベルは、精神的に不安定な状況にある。『こわれゆく女』という映画が語る物語は、主にこの家族の内で起きる、あくまでも家族の問題としての小さな短期間の出来事にすぎない。
 メイベルの精神の失調が限界を超え精神病院に入院することになり、ニックが三人の子供たちと暮らすことになった時、映画は「六ヶ月後」の字幕によってその間の出来事を省略する。そして、メイベルが退院し自宅に戻ってくる日の出来事は、いっさいの省略がなく、そこで起きた出来事を全て描くことによって映画が成立する。
 『こわれゆく女』という映画を見直すたびに、この最後の四十分ほどの場面において、私はいつも奇妙な感覚にとらわれる。既に述べたように、この場面にはいっさいの時間的省略がない。その意味で、映画内の時間は鑑賞者の現実の時間と完全に同期するという意味でのリアルタイムのはずである。しかし、いざ映画が終わってみると、この最後の四十分ほどの時間は、あたかも時間そのものが完全に消失でもしていたかのような感覚に陥るのだ。
 半年ぶりの妻の帰宅を祝うためにサプライズ・パーティを企画したニックは、仕事仲間を初めとする大勢の友人・知人を招待し、自宅の内はすし詰めの喧噪状態となる。精神病院から退院するメイベルにそのような刺激を与えようとする行為に呆れた近親者はニックを説得し、招待された人々に帰ってもらう。喧噪がひけ静寂に移行しつつある中、メイベルの帰宅が重なり、帰りつつある招待客の幾人かにつかまり、応対することを強いられてしまう。やがて、改めて近親者のみの小さなホームパーティが開かれ、どうやらメイベルにも平均的な主婦としてそつのない振る舞いができているように見えるが、徐々にメイベルの安定状態は崩れ初め、やがて、身内の中での修羅場が延々と展開されることになっていく……。
 作中で描かれるニックとメイベルの四十分は、映画を見る者にとっての四十分と全く同じである。にもかかわらず、この四十分は、なぜ時間が消失でもしてしまったかのように感じられるのか。
 もちろん、その一つとして、映画の最後の四十分にありったけの出来事が詰め込まれているからということもあるだろう。寝室の準備を整え一日を終わらせる日常の作業に回帰するニックとメイベルの二人だけの空間、その静寂の中で映画が終わるとき、作中の時間でも現実の時間でもわずか四十分前に存在していたパーティの喧噪ははるか彼方のものとなってしまっていること、その間にあまりにも多くの出来事が起きたこと、それらのもたらすギャップによって、一連の出来事が完全に一つながりのこととして起きたなどとは到底実感がわかないほどに、一つの場所で起こる一つの場面が巨大なものになってしまっている。
 あるいは、映画における時間の処理に関する技術の問題も、ここにはあるだろう。なるほど、作中の四十分の時間がそのまま現実の四十分の時間と重なっており、作品を進行させていく過程で時間の流れを調整するような技法は全く何も使われていない。そしてまさに、その種の技法が使われていないということこそが、「映画を見ている時間」に逆説的に失調をもたらすということは考えられる。
 一本の映画が語る物語の内部で進行する時間は、その上映時間よりは長いものとなることがふつうである。二時間の映画がきっかり二時間の物語を語ることはあまりない。多くの出来事を決められた時間の内部で語りきるために、描かれる出来事は省略され、時間は飛び飛びになり、場面をまたぐ時間の省略はフェードアウトやディゾルヴなどの技法によって表現され、時間の前後関係を整頓して物語に見通しを立てるためにフラッシュバックやフラッシュフォワードが用いられる。
 ハリウッドで確立した古典的な映画の文法で語られる映画に習熟した鑑賞者は、そのようにしてなめらかに整理されつつ要所要所が巧みに省略されて構成された、フィクションとしての論理に則った時間を「自然な」もしくは「リアルな」ものと感じさえすることになる。……だからこそ、撮影した映像をリアルタイムで発生した順番で単純につなげていくだけで、何一つ編集上の時間処理の技法を用いていない『こわれゆく女』の終盤の場面が、かえって時間が失調した感覚を呼び起こしてもおかしくはないということになる。
 だが、作中の時間がそのようなものになっている映画は、なにも『こわれゆく女』に限られるわけではない。アルフレッド・ヒッチコックの『ロープ』やアレクサンドル・ソクーロフの『エルミタージュ幻想』などになると、作中の全ての内容をワンカットで撮り上げてすらいる。
 厳密に言うと、『ロープ』の場合は、製作当時の技術的な制約から、完全なワンカットを実現することはできなかったため、表面上は観客にそう見せているというだけの「疑似的なワンカット」にとどまっている。しかし、作中の時間と上映時間との関係という意味では、それが作品全体で見ても完全に重なる、という映画になっているのである。……既に私は、ある映画の作中の時間は上映時間よりは長いのが「ふつうである」とは述べたが、逆に言えば、映画史をひもといてみればその種の映画はぽつぽつとではあるが製作されてきたということも事実ではあるのだ。……だが、それらの映画のいずれを見てみても、『こわれゆく女』の終盤で私が感じたような感覚が呼び起こされるようなことはなかった。
 奇妙に歪んだ時間の感覚と言えば、『旅芸人の記録』を初めとするテオ・アンゲロプロスの映画を引き合いに出すことはできるかもしれない。しかし、アンゲロプロスの映画における特異な時間のあり方は、逆に、高度な技術的な達成の成果として全て説明できるものだ。なぜ作中に特異な時間感覚が導入されるのかと言えば、一本の映画の内に、各個人の生活の時間と、ギリシャの政治的状況の変容に基づく歴史的な時間とが同時に描かれ、同じ場面で交錯することが企まれているからだ。個人の時間と歴史の時間が同居するために、カットされていない一つのショットの内部だけで、時間の扱いが変化するような、極めて複雑な操作がしばしばなされている。
 それはそれで非常に優れた映画であるわけだが、これに比べると、単に個人の小さな生活とその周辺を描き出しつつ、編集の面で特異なことなど何もしていない『こわれゆく女』という映画に時間の変容の感覚があるというのは、極めて不可解なことだ。
 もちろん、これは、あくまでも私の個人的な感覚である。映画の時間処理の技術の観点から見ても、そこに何かの秘密があるようには思えない。ならば、そんな感覚などというものはただ私一人だけが感じているということも十分にありうるわけだ。
 映画館で映画を見るときに、他の観客がその時ごとに何を感じているのかなどということはわからない。実際、私がこれまで映画館で映画を見てきた中でも最も不愉快であったことの一つは、他ならぬ『こわれゆく女』を見ているときにあった。それほど人で埋まっていたわけでもない劇場で、観客の中にいた一人の男が、精神に失調をきたしつつあるメイベルが奇矯な振る舞いをするたびに、声を出して笑い続けていたのだ。
 たとえ全く同じ時間に同じ場所で同じ映画を見ていようとも、苦しみに満ちた中でもなんとか生き延びようともがくメイベルの表面上の奇妙さが「笑うべきもの」と思えるような観客とは、私は何一つ共有する感覚はない。……だが、逆に言えば、『こわれゆく女』という映画を見て奇妙な時間の失調の感覚に襲われている私の方こそが、他の誰一人として感じていない感覚にとらわれているという可能性もあるということでもある。
 あるいは、一つの場面に、鑑賞者が一望して把握できないほどに詰め込まれた内容の巨大さということが、カントの美学で言うところの「崇高」の概念を実現していると言えるのかもしれない。しかし、やはりその説明も私の感覚からすると納得がいくものでもないし、何より、その説明はむしろジャック・タチの『プレイタイム』のような映画にこそうまく当てはまるようにも思える。
 『こわれゆく女』という映画に存在しているのは、一つの逆説である。その終盤にあるのは、なんら特殊なことなどない、現実がそのまま再現されているだけの通常の時間である……しかし、それと同時に、そこでは時間の概念そのものが失われている。
 この逆説は、ただこの私のみが感じている逆説であるのにすぎないのかもしれない、にもかかわらず、この逆説がそこに存在していることを私は信じる。……ならば、その徹底して個人的・主観的なものにすぎないのかもしれない体験は、いかにして語りうるのか。


 私は、ここで、ジョン・カサヴェテスの映画そのものを論じることから大幅に飛躍し、全く異なる文脈を導き入れようと思う。……というのも、既に述べたような逆説に関して参照しうるような議論を考え抜いた人物は、私の知る限り、映画と全く無関係なところまで含めてもただの一人しか存在していないからだ。
 どこからどう見ても明確な矛盾、巨大な逆説を逆説のままに信じるためには、通常の言葉による通常の理解が全く及ばないということ――そのことを徹底して考え抜いた希有の存在が、セーレン・キルケゴールである。
 神であると同時に人であるイエス・キリストは、一つの逆説である。では、逆説を逆説のままに信じるとは、いかなることなのか。あるいは、逆説を逆説のままに伝達するとはいかなることなのか。「人はキリストについて、歴史から何事かを知り得るか」という自ら立てた問いに自ら答えて、キルケゴールは次のように書く。


  否、知り得ない。それはなぜか。それは、「キリスト」については、一般に何事も「知り」得ないからである。彼は逆理(パラドクス)であり、信仰の対象である。彼は「信仰」にとってのみ、そこに在す。ところが、一切の歴史的伝達は、「知識」の伝達である。従って歴史からは、キリストについて何事も知り得ない。(『キリスト教の修練』、新教出版社版、井上良雄訳、p.30)


 あるいは、次のようにも書く。


一人の人間が神であるというようなことを、証明しようなどという矛盾よりも馬鹿げた矛盾が、一体考え得るであろうか。(同、p.31、傍点は省略)


「証明する」ということは、言うまでもなく或る事物を、それがその姿である理性的・現実的なものに変ずるということである。ところで、このような一切の理性に逆らうものを、理性的・現実的なものに変じ得るであろうか。そのようなことは、もし人が自己矛盾に陥るまいと思うならば、思いもよらぬことである。人が証明し得るのは、ただそれが理性に逆らう、ということだけである。(同、p.31)


 矛盾を理性によって認識することはできず、逆説を歴史的な知識として伝達することはできない。言われてみれば、それは当然のことだ。……しかし、キルケゴールの議論は、ゆえにキリストを信じることなどできないなどということに帰結するのではない。通常の理性、通常の認識、通常の言語によっては補足不可能な逆説を、それでも信じるということ、キリスト者になるということは、キルケゴールにとってはいかなることなのか。


  すなわち、神と人間との間には、無限に裂けた区別が存している。従って、キリスト者になるということは(神との相似性にまで、作り変えられるということは)、人間的に言えば、最大の人間的な呻吟と苦痛よりももっと大きな呻吟と苦痛であり、またさらに、同時代人の眼には一つの犯罪であるということが、同時性の状況においては明らかにされる。そしてこのことは、「キリスト者になる」ということが、「キリストと同時的になる」ということと同じ意味になる場合、常に明らかにされることである。そして、この「キリスト者になる」ということが、このような意味に達しない場合には、キリスト者になるということについての、これらすべての饒舌は、痴けであり、妄想であり、空虚であり、また神冒瀆であり、律法の第二誡に対する罪であり、最後に、聖霊に対する罪である。
  なぜなら、絶対的なるものとの関係においては、ただ一つの時間――すなわち、現在があるのみであるからである。絶対的なるものと同時的でない者――そのような人にとっては、絶対的なる者は全く存在せぬのである。そして、キリストは絶対的なる存在であり給うゆえに、彼に対する関係においては、ただ一つの状況――すなわち、同時性の状況があるのみであるということは、見易い道理である。三百年、七百年、千五百年、千八百年は、それから減じもせねば、それに加えもせぬ。(同、p.82~84)



 歴史的知識の伝達という経験によっては記述できない逆説をそれでも信じるということは、その対象がどれだけ離れた存在であろうとも、同時的であること、対象とともにただ一つの「現在」の中で生きることなのだと、キルケゴールは言う。


  歴史については、君は、それを過去のもののように、読みまた聞くことができる。歴史においては、もし望むならば、君はそれをその結末によって判断することもできる。しかし、地上におけるキリストの生は、なんら過去のものではない。それは当時(千八百年前)にあっても、結末の助けを待ち望んではいなかったし、また今もそのような助けを待ち望むものではない。歴史的キリスト教とは妄語であり、非キリスト教的錯乱である。なぜなら、各時代に生きている真のキリスト者は、キリストと同時的であって、それ以前の時代と何の関係もないが、同時的なるキリストとは、あらゆる関係を持つ。地上におけるキリストの生は、全人類と共に歩み、しかも永遠の歴史として、特定の個々の民族と共に歩む。地上における彼の生は、永遠の同時性を持っているのである。(同、p.84~85)


これに反して、世界は進歩するというあのおしゃべり――それによって人が同胞と自分自身におもねるあのおしゃべりは、虚偽なのである。なぜと言って、世界は、進歩もしなければ、退歩もしない。それは根本的に同一のままである。ちょうど海のように、また空気のように――つまりは一つの元素のように。すなわち世界は元素であり、また元素でなければならない。この世界においては常に戦闘の教会の一員であるキリスト者たるべしということを験すに適した元素であり、また元素でなければならない。これが真理である。(同、p.291)


 逆説を逆説のままに信じるということは、対象との同時性を生きるということであり、そこには現在という時間しか存在しない。以上のようなキルケゴールの議論は、私が『こわれゆく女』という映画に感じる時間を失調させる感覚をうまく説明しうるように思える。
 しかし、注意しなければならないことがある。既に引用した『キリスト教の修練』は、キルケゴールの著作の中でもそれほど読まれていないものであるのだが、そのこと自体が、なかなかに問題含みのことであるのだ。
 一八四八年、キルケゴールは、キリスト教に関する自分の思考を練り上げる著作を執筆したとされている。しかし、翌一八四九年に出版した『死に至る病』は、その原稿の前半部分のみでしかなかった。既存の教会に対する厳しい批判をも含むゆえに出版が躊躇されたとも言われる後半部分は、一八五〇年になってようやく、『キリスト教の修練』として出版された。
 つまり、『死に至る病』と『キリスト教の修練』とは、もともとはひとまとまりの著作なのである。にもかかわらず、この二つの著作の扱われ方はかなり異なるものとなっている。
 日本語での出版という状況だけを見てみても、『死に至る病』は何度も繰り返し別人の手によって翻訳され、異なる出版社から異なる版で出版され、手に取りやすい文庫本で流通していることも多い。それに比べれば、『キリスト教の修練』は翻訳されること自体が数少ないことでしかない。……これは、言い換えれば、キルケゴールの読者と言っても、『死に至る病』は読んでも『キリスト教の修練』は読まないことの方が圧倒的に多いということだ。
 『死に至る病』と『キリスト教の修練』とがもともとひとまとまりの著作だったことを考えれば、これは奇妙な状況である。……では、逆に、なぜ『死に至る病』は読まれるのかと言えば、この著作を単独のものとして読む限りでは、キリスト教以外の問題にも転用できるようにも思えるからだろう。
 『死に至る病』においてキルケゴールが論じるのは、人間が陥っている絶望のさまざまなあり方である。そして、人間がどのような状況においても絶望することしかありえないことが網羅的に論じられたその後だからこそ、『キリスト教の修練』に移行し、信仰の必要性を説くことにつなげることができるわけだ。
 『キリスト教の修練』にあるのは、純粋にキリスト教の内部の問題だからこそ、より広い文脈での読解も可能な『死に至る病』よりも広く読まれた――なるほど、それもまた、一つの答えではあるだろう。しかし私には、『キリスト教の修練』がそれほど読まれていない原因は、それのみにとどまるとも思えないのだ。
 キルケゴールの著作は、キリスト教の問題にとどまらず、その後の哲学史の多くの領域で参照され、キルケゴール自身とは異なる文脈の議論にも転用されてきた。……しかし、『キリスト教の修練』を最後まで通読すれば、キルケゴール自身がそんなことを許すはずもないことは明らかなのだ。
 イエス・キリストを題材として芸術作品を制作するとは、キルケゴールにとってはいかなることだったのか。……『キリスト教の修練』の末尾に近い部分で、キルケゴールは次のように書いている。


キリストを描こうとして、或いは彼の姿を彫刻しようとして、画筆を絵具に浸したり、鑿を取り上げたりすることが、私にできるだろうか。(言いかえれば、そういうことに服し得るだろうか。そういうことをする気になれるだろうか)。そういうことが私にできないということ(言いかえれば、私が芸術家でないということ)は、事の本質に関することではない。私が問うのはただ、私にそういうことができるという前提が仮りにあるとしても、そういうことが私にできるかどうかということである。そして、それに対して、私は、否、そういうことは自分には絶対に不可能だと答える。もちろん私は、そう言ったからといって、それで自分の感じたことを表現したなどとは考えない。なぜかと言えば、そういうことがどうして人には可能であったか分からないほどに、私にはそういうことが不可能だからである。人殺しが坐って、彼がそれで他の人を殺そうと思っているナイフを磨いでいられる、そういう平静さが自分には分からないと、人々は言う。そういうことは、私にも分からない。しかし芸術家がどこから平静さを得たかということも、私には実際分からない。或いは芸術家が、キリストが描かれることを望み給うかどうかと言うことも考えずに――たとえそれがどのように理想的に、彼の手腕によって描かれるにしても、御自身の肖像を望み給うかどうかということも考えずに、年々歳々キリストを描く仕事に孜々として従事してきたということも、私には分からない。芸術家がキリストの不興に気づかないということが、私には分からない。キリストはただ「信従者」だけを求め給うたのだということ――また、キリストがこの世では枕するところもなく、貧しさと卑賤の中に生き給い、従ってみずから他の境遇を望み給いつつ、運命の過酷さの中を生き抜き給うたのは、偶然ではなく、むしろ永遠の決定に従う自由な選択によるものだということ――また、キリストは御自身の死後に誰か一人の人間が御自身を描くことで時間を失い、おそらく祝福をも失うというようなことを、ほとんど望み給わなかったし、また望んでも居給わないということ――これらのことを突然に理解して、芸術家が突然すべてのものを放棄しないということ、(ちょうどユダが銀三十を投げ棄てたように)画筆や絵具を遠く放棄しないということが、私には分からない。そういうことは、私には不可解である。私が描こうと思うその瞬間に、画筆は私の手から落ちるであろう。そしておそらく、それ以上生き存えることもなかったであろう。私には、そういう仕事に従事している時の、芸術家の平静さというものが分からない。宗教の与える宗教的印象に対する無感覚にも似た、また恐ろしい我儘の残酷な快楽にも似た、この芸術的無関心が分からない。それはちょうど、あの暴君が、拷問を受ける人々の悲鳴から、快い響きの楽しみを味わったのに似ている。すなわちこの暴君にとっては、彼らの悲鳴は彼の残酷さを満足させることによって、全く別のものを意味したのである。芸術家は無関心に、最初淫楽の女神を描き、それから十字架につけられた方を描く。彼は第一の絵も、第二の絵と同じように夢中で描いたのである。今これら二つの絵は、美しい調和をなして並んで掛かっている。このようにして、人々は聖なるものと交わるのである。しかもこの芸術家は、自分自身を讃美している。そしてすべての者も彼を讃美している。この絵を鑑賞する人は、それが成功しているかどうか、傑作かどうか、色調の変化や陰影が正しいかどうか、血が血らしく見えるかどうか、苦悩の表情が真実かどうか、とかいう風に、この絵を美術通として眺めるのである。しかし彼はそこに、信従への要請を見出さない。真の苦悩であったもの、実に聖なるものの真の苦悩であったものを、芸術家はほとんど金や讃美に変えてしまったのである。それはちょうど、俳優が乞食の役をして、ほんとうの貧乏こそ当然受けるにふさわしい同情を獲得し、人々が本当の貧乏に対しては、冷酷な態度で尻込みして、やがては、貧乏はこの俳優の演技に較べれば虚偽だと思うに至るのに似ている。そうだ。そういうことが、私には分からない。もう一度言おう。そういうことは私には分からない。それはおそらく芸術家が、そういうことが聖なるものに対する犯罪だということを、一度も思いついたことがないからである。そして私には、そのことはさらに一層不可解なことである。しかしそれゆえにこそ、私は不正を犯さぬために、あらゆる批評を差し控える。(同、p.322~324)


 私は芸術家であるのだと、ジョン・カサヴェテスは言う。
 カサヴェテスが自作の中でキルケゴールの著作から直接引用したことがあったわけではない。私が知る限りでは、キルケゴールに関して何らかのことを語ったという記録もない。したがって、カサヴェテスはおそらくはキルケゴールを読んではいなかったと考えておく方がいいのだろう。……しかし、仮にカサヴェテスがキルケゴールを読んでいたところで、事態は何も変わりはしなかっただろう。
 カサヴェテスがキルケゴールの著作を読み込んだところで、芸術家として「とつぜん全てを放棄」するなどということはありえなかっただろう。しかしそれは、カサヴェテスがキルケゴールの言葉を真に受けはしないだろうなどということではない。
 なるほど、世の中で芸術家と呼ばれる人々の大多数は、キルケゴールが非難するような存在であるだろう。しかし、キリストに限らずいかなる対象を取り上げるのであれ、あらゆる芸術家が常に「芸術家の平静さ」や「芸術的無関心」とともにあるなどとは、カサヴェテスは認めなかっただろう。
 カサヴェテスが、自分は芸術家であるとわざわざ述べるのは、どのような時なのか。マーシャル・ファインによるカサヴェテスの評伝'Accidental Genius: How John Cassavetes Invented The American Independent Film'によれば、『こわれゆく女』の配給を苦労しつつも全て自分たちの手で直接やり終えた後で、カサヴェテスは次のように述べたという。


  「こんな映画をもう一度作れるなどとは私には思えない。あまりに難しすぎる。今の私の望みは、この映画が極度の成功を収めることだけだ。そして、もしそうはならないのなら、私は他の映画は作らない――それまでだよ。そのこと自体は、大した悲劇だというわけでもない。」
  彼が劇作家のミード・ロバーツに語ったように、「私は芸術家だ、いまいましいセールスマンなんかじゃあない」ということなのだ。(Accidental Genius: How John Cassavetes Invented The American Independent Film, 拙訳、p.307)



 なるほど、これは、ごく一般的な認識としての「芸術家」の姿から何も逸脱しないイメージであるだろう。……しかし、いざ実際に映画を撮影しているまさにその渦中においては、カサヴェテスは、例えば次のように述べるのだ。


  ローラ・ジョンスンは、撮影現場でのカサヴェテスのお気に入りの言葉の思い出について語ってくれた。「さあ、正視するんだ」と、カサヴェテスは言ったものだった、「我々はみな、芸術家になろうと取り組んでいる中産階級の一味でしかないのさ」と。(同、p.348)


 ジョン・カサヴェテスは芸術家であるのか、それとも、芸術家になろうとし続けただけの人物だったのか。ここには、「芸術家」とはいかなる存在なのかについての揺れ動きがある。
 さらに言えば、カサヴェテスが他人の映画に関して「芸術」という言葉を使うときには、一般的な理解とはさらに異なる齟齬が見られる。カサヴェテスが他の監督の映画に俳優としても出演し続けたのは、自身が製作する映画の資金を調達するためだったのだが、そうは言いつつも、映画製作の方針について意見が合致するのは、ドン・シーゲルでありロバート・オルドリッチなのであった――つまり、世間一般の認識では「娯楽映画の職人監督」と見なされていた人物こそ、カサヴェテスが評価する映画監督であったのだ。
 『フェイシズ』の製作中、カサヴェテスは、オルドリッチの戦争映画『特攻大作戦』と、ロマン・ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』に出演している。その両作品に関して、カサヴェテスは次のように述べている。


  カサヴェテス自身はと言えば、ハリウッド向けのグラン・ギニョールを創造するためにポランスキーは映画監督としての前途有望な芸術的なキャリアを売り渡したのだと考えていた。
  「(ポランスキーの初期作品には)意味があり独創的にして情熱的な、そんな躍動を見出すことができる」と、カサヴェテスは述べた。「彼が芸術家であるという事実には議論の余地はないが、『ローズマリーの赤ちゃん』は芸術ではないとも言わなければならないだろうね。私の考えでは、『特攻大作戦』の方が、その作品なりに芸術的であるんだ、というのも、あの作品はやむにやまれぬ衝動とともに前進し、成り行きがわかりきっているような方法をあらかじめ定めておくこともなしに、特定の瞬間から何ものかを産みだそうと試みているからだ」(同、p.173)



 映画配給の金勘定をしなければならない状況においては自分は芸術家なのだと躊躇なく述べるカサヴェテスは、作品を制作するその渦中においては、芸術家になろうとしているだけだと述べる。誰もが芸術だと認める映画を芸術ではないと断言する一方で、職人監督による戦争映画を芸術だと断言する。
 カサヴェテスにとって、芸術とはいったいなんなのか。


 キルケゴールは、いかなる対象を取り上げても「平静さ」「無関心」を保てる芸術家の態度を非難する。しかし一方で、自らが芸術家であるのだと述べるカサヴェテスの中では、「芸術」という言葉の定義さえもがはっきりと定めることすらできず揺れ動いている。
 私には、芸術に関するキルケゴールの激越な怒りをなかったことにしてやり過ごすことはできない。なるほど、世の中に存在する大半の芸術にはキルケゴールの非難が当てはまるだろう。しかし、キルケゴールの怒りを受け止めつつもそれでもなお放棄することができないものこそが真の芸術であるのだと私は言いたい。そして、キルケゴールが「あらゆる批評を差し控える」、まさにその地点から始めらなければならないものこそが批評であるのだとも言いたい。
 キルケゴールに反駁するためにできることとは、キリストを題材としながら、それでもなお「平静さ」にも「無関心さ」にもいっさい陥ることなく、技巧におぼれることも全くないままにキルケゴール本人ですら認めたであろうような芸術を提示することだろう。
 映画において、時間を消失するかのような感覚を私が覚えた唯一無二の存在がカサヴェテスであるのだとは既に書いた。……しかし、映画ではなく小説においては、ただ一人だけ、同様の経験をした作家が存在する。そしてその作家は、キルケゴールと同時代に生きながらもキルケゴールを知らなかった者、そして、キルケゴールを一読するや激しく肯定していたに違いなかったはずの人物である。
 フョードル・ドストエフスキーの五大長篇の一つ『白痴』は、作家自身の言葉によれば、無条件に美しい人間を描くために書かれた小説である。そしてまた、現実世界でのただ一人の無条件に美しい人間とは、キリストのことであるのだという。
 キリストを題材として芸術をなそうとするドストエフスキーの態度は、キルケゴールからは全面的に否定されるはずのものだ。実際、ドストエフスキーは、キリストを題材とした絵画についての言及を作中に盛り込みすらする。……だが、「無条件に美しい人物」であることを目指されたムイシュキン公爵が、ホルバインの絵の模写を眺めたことを述懐する言葉は、以下のようなものだ。


ぼくがそのあと、自分でドアに鍵をかけようとして立ちあがったとき、ふと一枚の絵が脳裏に浮んだ。それはさきほどロゴージン家で見てきたもので、そのいちばん陰気くさい広間の扉の上にかかっていたものである。通りがかりに、彼がみずから指さしてくれたのであった。ぼくは五分間ばかり、その前にじっと立っていたような気がする。その絵は芸術的に見て、すこしもいいところはなかったが、しかし何かしら奇妙な不安を、ぼくの心の中に呼びさました。
  その絵には、たったいま十字架からおろされたばかりのキリストの姿が描かれていた。画家がキリストを描く場合には、十字架にかけられているのも、十字架からおろされたのも、ふつうその顔に異常な美しさの翳を添えるのが一般的であるように思われる。画家たちはキリストが最も恐ろしい苦痛を受けているときでも、その美しさをとどめておこうと努めている。ところが、ロゴージンの家にある絵には、そのような美しさなどこれっぽっちもないのだ。これは十字架にのぼるまでにも、限りない苦しみをなめ、傷や拷問や番人の鞭を受け、十字架を負って歩き、十字架のもとに倒れたときには愚民どもの笞を耐えしのんだあげく、最後に六時間におよぶ(少なくとも、ぼくの計算ではそれくらいになる)十字架の苦しみに耐えた、一個の人間の赤裸々な死体である。いや、たしかに、たったいま十字架からおろされたばかりの、まだ生きた温かみを多分に保っている人間の顔である。まだどの部分も硬直していないから、その顔にはいまなお死者の感じている苦痛の色が、浮んでいるようである(この点は画家によって巧みに表現されている)。そのかわり、その顔はすこしの容赦もなく描かれてある。そこにはただ自然があるばかりである。まったく、たとえどんな人であろうとも、あのような苦しみをなめたあとでは、きっとあんなふうになるにちがいない。キリストの受難は譬喩的なものではなく、現実のものであり、したがって、彼の肉体もまた十字架の上で自然の法則に十分かつ完全に服従させられたのだと、キリスト教会では初期のころから決定していることを、ぼくは知っている。この絵の顔は鞭の打擲でおそろしく打ちくだかれ、ものすごい血みどろな青痣でふくれあがり、目を見開いたままで、瞳はやぶにらみになっている。その大きく開かれた白眼はなんだか死人らしい、ガラス玉のような光を放っていた。ところが、不思議なことに、この責めさいなまれた人間の死体を見ていると、ある一風変った興味ある疑問が浮んできた。もしかりにこれとちょうど同じような死体を(いや、それはかならずやこれと同じようだったにちがいない)、キリストのすべての弟子や、未来のおもだった使徒たちや、キリストに従って十字架のそばに立っていた女たちや、その他すべて彼を信じ崇拝した人たちが見たとしたら、こんな死体を眼の前にしながら、どうしてこの受難者が復活するなどと、信じることができたろうか? という疑問である。もし死というものがこんなにも恐ろしく、また自然の法則がこんなにも強いものならば、どうしてそれに打ちかつことができるだろう、という考えがひとりでに浮んでくるはずである。(『白痴』、木村浩訳、新潮文庫版(下)p.160~161、傍点は省略)



 ムイシュキン公爵の回想に、それを作品として書くドストエフスキーの内に、そしてまた、ここで言及されるホルバインがキリストの死体を描く行為の内に、果たして本当に、キルケゴールが言うところの「芸術家の平静さ」や「芸術家的無感動」などというものが存在したのだろうか。
 注意しなければならないのは、ムイシュキンはホルバインの模写について「芸術的に見て、すこしもいいところはなかった」とまで述べていることだ。つまり、ムイシュキンは、そしてそれを描くドストエフスキーは、通常の芸術の通常の意味での美しさの基準では「最も美しい人物」に到達し得ないことを認めた上で、それとは異なる芸術としてホルバインを提示し、自らの小説もまたそのようなものとして組織しているということだ。明らかに、ここで用いられている「美しさ」や「芸術」という言葉の意味は多義的なものであり、キルケゴールがしたように一義的に弾劾できるものではない。
 通常の意味での芸術と、自分が目指すものとしての芸術の違いについては、ドストエフスキーは、『未成年』の結末近くにおいても率直に書き込んでいる。


それは労して功なき仕事で、美しい形式に欠けています。のみならず、これらの典型はいずれにしても、まだ流動せる現在の現象であり、したがって芸術的完成みを有しえないのです。重大な誤謬もありうることですし、誇張も見落としも十分にありうるのです。とまれかくまれ、多くの事柄を洞察しなければなりません。とはいうものの、ただ歴史体の小説のみを書くことを欲しないで、流動せる現在に対する悩みにとらわれた作家は、いったいどうしたらよいか? それはただ推察することです……そして誤ることです。(『未成年』、米川正夫訳、岩波文庫版(下)p.447)


 「歴史体の小説」を放棄し、「芸術的完成み」を持つことのできない作家がとらわれた、「流動する現在」――これは、キルケゴールが述べていたキリストとの「同時性」と、全く同じことではないか。ただ一つの違いはと言えば、ドストエフスキーは、それもまた「芸術」の範疇に含まれると考えているということだ。
 ドストエフスキーにせよ、カサヴェテスにせよ、世間一般の常識がそうであると見なす芸術とは全く異なることを自分がなしていることを自覚しながら、そして、自分のなすことが確固たる完成形には到達し得ない状況で揺れ動き続けながら、それでもなお、それこそが芸術であるのだと信じている。
 だから、私は、自分は芸術家であるのだと見なすドストエフスキーやカサヴェテスと、自分は芸術家ではないのだと見なすキルケゴールの間に、絶対的な境界線などというものを引きたくはない。「芸術家であること」と「芸術家でないこと」とは、「あれか/これか」のどちらかを選択しなければならないことではない。一見すると正反対であるその言葉は実は同じことである……だから、通常の意味での芸術を排撃せずにはいられない激越な怒りに満たされたキルケゴールの言葉は、それもまた、一つの芸術であるのだ。
 理性を行使することによって伝達することのできる歴史的な知識を放棄し、対象への無関心によって可能になる美しい形式による芸術的な完成度を打ち捨てる――そして、ただ対象との同時代性の内にのみ生きるとき、そこでは通常の意味での時間は消失するだろう。
 では、時間が消失する経験とは、具体的にはいかなることなのか。そして、なぜその経験こそが芸術であると言えるのか。最後に問われるべきなのは、そのことである。


 キルケゴールが芸術家のあり方を厳しく批判しなければならなかったことには、キルケゴール自身が置かれていた文脈の問題もある。それは、キルケゴールに大きな影響を与えたドイツ・ロマン派やヘーゲルに対していかにして批判的立場を取りうるかということだったはずだ。
 例えば、キルケゴールは、芸術における「天才」とキリスト教における「使徒」との間の厳密な区別を論じたことがある(「天才と使徒との相違について」)。芸術的な「天才」と宗教的な「使徒」とは、いずれも、世界に存在する矛盾を縫合する存在である――しかし、一般社会の中で芸術に関する矛盾を解消する機能を持つ「天才」と、イエス・キリストの逆説を保持し続ける「使徒」とは決定的に異なるのだと、キルケゴールは述べる。……もちろん、キルケゴールがそのようなことを論じなければなかったのは、芸術家こそが世界の矛盾を統合する存在であるとする議論があったからであり――あるいは、イエス・キリストの存在を合理的な体系の内部に整合的に位置づけるような議論があったからだ。それこそがドイツ・ロマン派やヘーゲルがなしたことであったのだが、ここでは、そこよりさらに遡行し、その基底にあるはずの問題を見てみたい。
 ドイツ・ロマン派にせよヘーゲルにせよ、カントの批判哲学を批判的に継承することこそがその出発点であった。そして、カントによる三批判書、『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』は、大ざっぱに言うならば、「真ー偽」「善ー悪」「美ー醜」に関する認識をそれぞれ自律的な別の領域の問題として確立したのだと言える。
 ある意味では、ヨーロッパが主導で形成された近代というシステム、そのシステムの内部で生きる主体の標準的なモデルを確立したのがカントの批判哲学なのであった。そして、そのように考えてみると、カントの批判哲学に内在する問題点は、単に哲学の内部の問題にとどまることではなく、より巨大な文脈に接続しうるものではないかとも思える。
 人間がいかにして「真ー偽」「善ー悪」の認識に理性を行使しまたいかなるところにその限界があるのかについて、カントの議論は整合性のある体系を確立している。しかし、「美ー醜」の判断、芸術的な趣味の判断に関する『判断力批判』の議論にだけは、矛盾や混乱がそのままに内包されているのだ。
 美しさに関する趣味判断は個人の主観から出発するものとしてしかありえない、にもかかわらず、そこで下される趣味判断は普遍的な同意を要求する。カントのそのような議論は言われてみればもっともなことではあるが、この矛盾が解消しうるものであるとも思えない。……あるいは、芸術において行使される技術は「自然」を模倣することを目指すものだが、「自然」とは何なのかといえば、人為的な技術の入る余地のないもののことである。したがって、自然の美しさを模倣し再現する美しい芸術などというものは、存在自体が矛盾したものであるということになる。
 以上のような問題がなぜ存在するのかを、異なる角度から考えてみることはできないだろうか。……つまり、近代というシステムの内部に存在する主体の標準的なモデルを確立しようとするとき、形式化しきれない矛盾・混沌が集中して奔出してしまう領域こそが芸術に他ならないのだ、と。
 カントの批判哲学には、あからさまなまでに、体系化・形式化しきれない混沌が投げ出されている――この矛盾を解消し、完璧に整合的な体系を生み出すことに向かったのがドイツ・ロマン派でありヘーゲルであるのだった。とりわけドイツ・ロマン派においては、完璧に整合的な、統合されロマン化された世界を生み出しうる特権的な存在が芸術家であったことは、以上のような文脈において理解できることだろう。そして、『判断力批判』におけるカントの時点で、芸術制作における矛盾を解消しうる存在として既に「天才」の概念は用いられていたのだった。
 しかし――改めて考えてみれば、その矛盾は解消しうるのかどうかを云々する以前のことがあるように思える。……そもそも、その矛盾はなぜ解消しなければならないのか。自分たちがその内部に生きるため、完璧に整合的な体系を求めるなどということは、本当に必要なことなのか。
 現在においては、「近代」の概念はむしろ評判が悪く、批判されることの方が多いようなものだ。なるほど、それは虚構にすぎないのかもしれない、どこまでいっても未完のプロジェクトであるしかないものなのかもしれない。そして、それを虚構だと言おうが未完だと言おうが、ここで私が書いてきたことと本質的な違いはないだろう。近代というシステムの標準的なモデルはその根幹部分に混乱を備えているがゆえに、失調した部分や機能不全の部分を排除することはできない。
 近代というシステムの機能不全は、本質的に排除できない。しかし「近代」は現に我々の周囲を取り巻いており、それとともに生きるしかない。そして、そんなシステムの欠陥が噴出した時にその場をともにすることのできるものこそが、芸術であるということだ。


 何のために自分がそこにいるのかわからない。目指すべき目的や目標があるのかわからない。何かの行動をしてみても、その帰結がわからない。自分にいかなる影響を及ぼすのかわからない。それが良いことだったのか悪いことだったのかもわからない。
 そのような逡巡を経験したことのない者は幸いである。近代というシステムが正常に機能しているその渦中にのみ身を置く限り、そんな混乱を経験することはない。しかし同時に、この混乱を近代社会から根本的に廃絶することも、原理的にできない。
 なるほど、卓越した芸術作品を創造する芸術家は「天才」であるのかもしれない。しかしそれは、その人物を、既に芸術作品が創造されてしまった事後の視点から見た時にのみ用いられる言葉だ。芸術作品を創造する渦中にある者は、逡巡とともに生きるしかない。
 社会の矛盾を解消し統合する存在としての芸術的な「天才」というドイツ・ロマン派の理念に反発したキルケゴールは、逆説を保持し続ける存在を「使徒」と呼んだ。しかし、私は、キルケゴールにとっての「使徒」こそが、芸術家のことであるのだと言おう。
 自分のなす表現は正しいのか。それをある方法で修正するとして、それはいかなる効果をもたらすのか。新たな技術を学び異なる段階に進もうとしたところで、それは本当に前進なのか。踏み出した一歩が正しい方向に向かっているのかわからない。前進なのか後退なのかもわからない。だからと言って、その場に停止することもできない……
 そのような場所に居続けるということこそが、芸術家であるということだ。逡巡し続けることによって明確な基準を失う、無時間的な場所。……「救いのないこと自体が救いである」という坂口安吾の言葉をふまえて言うならば、答えのないこと自体が答えである。


 ジョン・カサヴェテスという男は、芸術家としてのみ生き、芸術家として死んだ。
 ひとたび芸術家になった者が、その後もずっと芸術家であり続けるわけではない。むしろ、そのようなことの方が稀なのであろう。しかしカサヴェテスの場合は、最後まで芸術家としてのみ生き、芸術家として死んだ。……近代において芸術の経験を生きる者にとって、社会のシステムの内部に流れる時間が失調するなどという経験は、むしろ当たり前のことと見なさなければなかったのだろう。
 だから、カサヴェテスの映画を見るときに時間が消失するのは、何も『こわれゆく女』の終盤に限った話ではなかったのだ。例えば、新しくできたガールフレンドの家族に会いに行った若い男が、その見た目から白人だとばかり思っていたガールフレンドの家族を目にして黒人との混血だと気づいて狼狽し、その場に居合わせた全員が凍り付くのを目にしたとき……平凡な日常が続いていたはずが何の前兆もないままに夫から唐突に離婚を言い渡された主婦が不倫に走った翌朝に、衝動的に自殺しようとするのを目にしたとき……享楽的に生きる作家が別々に暮らしてきた息子と新たな絆を築きこそしたものの全てが遅すぎたことに気づき、停止したタクシーから降りることもできずにその場で沈黙するしかなかったとき……その全ての経験で、時間などというものは消失していたのだ。
 我々は誰もが、近代というシステムの内部で、正常に運行している世界を目にし、規則正しく流れる時間とともに生きている。しかし、ひとたびその気になりさえすれば――そのシステムに空いた穴、原理的に解消できない欠陥をなかったことにするのをよしとしなければ――時間の感覚など、いつでも消失させることができる。
 ドストエフスキーの小説を評して、プルーストは、その全小説が『罪と罰』という一つの題名になりうると書いた。それをふまえて言えば、カサヴェテスの映画の総体に一つの題名をつけるとすれば、それを『ラヴ・ストリームス』とする以外のことは考えられない。
 だから、カサヴェテスの映画、それを見るときに感じざるをえない不可解な経験までをも記述することを試みる私の文章は、それ自身もまた『ラヴ・ストリームス』と冠することもできる文章でなければならない。……それが実際に達成できたのかどうかを私自身が判断することはできないが――しかし、一つ確実に言えることは、芸術を鑑賞する経験を突き詰めれば、芸術を創造する経験との間に根本的な境界を認めることはできなくなるということだ。
 カサヴェテスの映画を見るとき、そこで語られる何ものからも目を逸らさず全てを受け取ろうと試みるならば、鑑賞する側もまた、創造者とともに、近代の正常な空間から己の身を引き剥がし、芸術の経験の内部に身を置くしかできなくなる。
 だからこそ、言わなければならない。私がここまで書いてきた文章が批評であるのだとしても、私は、カサヴェテスの映画を外部から裁断し客観的に判断できる存在、そのような意味での批評家として書いてきたのではない。
 ジョン・カサヴェテスの映画を見ること――そして、自分にとって可能な限り、その作品が内包するものを汲み尽くし、作品とともに生きるために書いたこと――そうすることによって、私自身もまた、芸術家としてこの文章を書いた。





テリーマンの偉大さについて

 テリーマンの偉大さについて語らなければなりません。
 テリーマンの何が偉大かと言うと、そう、まずは、名前が偉大です。
 基本的にはこのような名称もアメコミ起源なのだとは思いますが、キャラクターの名前が「○○マン」というようなものになっている場合、「○○」の部分には、ごく一般的な普通名詞や形容詞が入るのがふつうでしょう。一般的な言葉だからこそ、個人の属性を表すことによって、固有名詞へと変化させることができるわけです。
 例えば、「バットマン」や「スパイダーマン」は、生物を表す一般名詞を元に、固有名詞へと変化させていることになります。あるいは、「スーパーマン」や「ワンダーウーマン」なんかは、指示される個人のことを指す形容詞をそのまま固有名詞にしている例ということになるでしょう。
 ……しかし、「テリーマン」とは、いったいなんなのでしょうか。もちろん、「テリー」とは、固有名詞です。もともとが固有名詞であるはずの「テリー」を、さらに「○○マン」の中に入れ込んで、改めて固有名詞化する……冷静に考えてみれば、全くわけのわからない操作だと言うほかありません。 
 テリーマンの登場以降の『キン肉マン』においては、固有名詞なり個人のニックネームなりを「○○マン」の中に当てはめるケースはちらほらと見受けられることになりますが、それでもなお、先駆者としてのテリーマンの重要性が減じることはないでしょう。
 本来なら固有名詞であるはずの言葉を、「○○マン」と合成できる……ということは、ここで起きているのは、固有名詞をいったん一般名詞として捉え直すことであると言えるのではないでしょうか。「テリーマン」という言葉が用いられるとき、「テリー」という言葉は、既にして一般名詞になっています。
 ……そう、「テリー」とは、すなわち「テリー・ファンク」とは、もはや一般名詞であるのです。


 「テリー・ファンク」という言葉は一般名詞である、すなわち、テリー・ファンクという特定個人に固有のはずの属性は、他の人物も共有することができる……ゆで理論的に読み解けば、そのようにして個別と普遍とを混同しつつ直結する回路を開いているのが、「テリーマン」という言葉だったのであります。
 そして、全日本プロレスを見続けてきた人間であるのならば、このような、固有性と一般性とが直結し混同されてしまうような経験は、しばしば体験してきたはずなのです。
 テキサス州……それも、例えばダラスではなく、アマリロという地名に接したときに、我々は果てしなき郷愁を覚えてしまいます。もちろん、わざわざテキサス州アマリロにまで実際に赴いたことのある全日ファンなど、それほど多くはないでしょう(私自身も、行ったことはありません)。にもかかわらず、ファンク一家が居住し、ファンク道場からは多くの一流レスラーを輩出し……全日本プロレスからはジャンボ鶴田や天龍源一郎も修行に訪れた場所、それがアマリロです。ファンク道場出身のスタン・ハンセンと対立したときには、テリーが「テキサスの化石になれ」とまで言われてしまった因縁のそもそもの始まりの場所、それがアマリロなのです(……こういう話がよくわからない人は、『キン肉マン』を読み解くための併読書として、『プロレススーパースター列伝』もまた、読み込むべきなのであります)。
 ドリー・ファンクJrとテリー・ファンクのザ・ファンクスがスピニング・トーホールドを繰り出すとき、あるいは、カウボーイの装束で現れたスタン・ハンセンがウェスタン・ラリアートを繰り出すとき、彼らは自分たちの地元の固有性・土着性をそのままに保持している、にもかかわらず、日本でそれを見ている経験が、一種の懐かしさとともに感じられてしまうのはなぜなのか。
 ……やはり、ここでも我々は、日本の固有性とアメリカの固有性とを混同した、奇妙な空間に迷い込んでいるのです。そして、まさにそのような
奇妙に歪んだ空間の内においてこそ成立しうるキャラクターが、テリーマンなのです。
 キン肉マンの額には、「肉」と書いてあります。……これはまあ、一応、まあわかるということにしておきましょう。そして、いったんこれを認めると、幼いミートくんの額に「にく」、キン肉マンの父のキン肉大王の額に「王」、王妃の額に「ママ」と書いてあることも、連鎖的に受け入れなければいけないということになってきます。……しかし、しかしです。それらのことを受け入れたその後でもなお、テリーマンの額に「米」と書いてあることは、看過するわけにはいかないのではないでしょうか。
 『キン肉マン』を読んでいると、様々な形でとんでもない出来事が起こり続けるため、些細なこととしていつの間にか受け入れてしまっていたと思うのですが、これは、いろいろな部分が麻痺してしまっていただけのことであるように思えます。もちろん、日本人は、アメリカのことを「米国」と呼びます。しかし、それはあくまでも日本語の都合なのであって、アメリカ出身のテリーマンが額に「米」とわざわざ書いてあることの意味は、全くわからないと言うほかありません。
 もちろん、わけがわからないのは、我々の常識的な時空間の内部の思考のみによってテリーマン先輩を把握しようとしてしまうという愚を犯しているからです。……テリーマンは、そもそもが、アメリカの固有性と日本の固有性とが混同された、キン肉マン・ユニヴァースとでもいうべき、特殊な時空にいる……そのように考えることによって初めて、我々の時空とキン肉マン・ユニヴァースとを結びつける手がかりが得られることになるはずなのです。
 私の考えでは、テリーマンの歴代の対戦相手の中でも、テリーマンのことを最も精確に理解していたのは、完璧超人始祖編におけるジャスティスマンです。……ジャスティスマンは、仮にテリーマンを殺したとしても、そのテキサス・ブロンコ、闘う意志を消すことはできないと述べました。ゆえに、テリーマンが倒れようとも、第二・第三のテリーマンが現れるであろう、と。
 テリーマンが、どれほど自身の超人レスラー生命を縮める刹那的ファイとを繰り広げようとも、その精神性には、永遠へと連なるものすら内包されている……このようなジャスティスマンのテリーマン理解は、私がここまで述べてきたことと重なるものであるでしょう。
 ……ならば、果たして、第二・第三のテリーマンは、果たして本当に現れることになったのでしょうか? そもそも我々の存在する時空は、オリジナルのテリー・ファンクが存在している場所です。「テリー・ファンク」が固有名詞であることを超越して一般名詞にまでなったのならば、これを共有する存在は、果たして我々のいる場所にも存在しているのでしょうか。


 テリー・ファンクは、80年代に至って、全日本プロレスのリング上で大々的に引退しました。そして、その後の90年代の日本のプロレス業界には、テリーの弟子とも言える存在が、二人います。
 私自身、このことに気づくまでには長い時間がかかりました。……というのも、その二人の人物は、単にその二人を見ているだけでは、ほぼ無関係のバラバラの存在としか思えないからです。しかし、「テリー・ファンクの継承者」という意味ではその二人が同じ根を持つという捉え方をしてみると、90年代の日本のプロレス業界の趨勢は、まさにテリーの意志によって全体の動向が決せられていたようにすら思えてきたのです。
 それぞれが、テリー・ファンクの全く異なる部分を受け継いだ継承者とはーーすなわち、大仁田厚と小橋健太です。
 大仁田厚が、テリー・ファンクと直接的な関係が深く、引き継いでいる部分も多いことはよく知られています。とはいえ、それは、大々的に引退試合をしておきながら割とあっさりと復帰してしまったりといった、インチキだったりテキトーだったり胡散臭かったりするような、言ってみれば、テリーの毒の部分がほとんどです。
 一方、全日本プロレス時代、オレンジ色のタイツを履いていた時期の小橋健太がテリー・ファンクを継承していることに私が気づいたのは、かなり最近になってからのことでした。……それは、テリーの過去の試合を映像で遡って見返していた時に、天啓のごとく訪れました。ブロディあたりにボコボコにされながら、フィジカルではかなうはずもないのに闘志を剥き出しにして立ち向かっていく姿を目にしたとき、小橋のやっていたことはこれだったのだと気づいたのです。
 テリー・ファンクのプロレスのピュアな部分、その闘志が剥き出しになったドMプロレスこそが、オレンジ時代の小橋が引き継いだものだったのです。……そう、だからこそ、あのころの小橋は、ローリング・クレイドルやテキサス・クローバーホールドを使っていたのであります!(……まあ、正確に言えば、小橋がテキサス・クローバーホールドを使い始めたのには、「マレンコ兄弟に習ったから」というはっきりとした理由があるのではありますが……)
 ……しかし、ではそのテリー・ファンク自身は、90年代には何をやっていたのでしょうか。ジャイアント馬場のために、団体の運営そのものに惜しみなく協力すらしていたテリー・ファンクは、大々的に全日本のリングで引退しておきながら復帰してしまったことに後ろめたさを感じていたらしく、結果として距離を置くことになります。……そして、FMWでまさに大仁田とデスマッチで抗争したり、IWAジャパンでキャクタス・ジャック(ミック・フォーリー)と抗争したり、老体に鞭打ってムーンサルト・プレスを敢行したりした挙げ句、ECWが初めてPPVに進出した「ベアリー・リーガル」においてはECW王座挑戦者決定戦とその後のタイトルマッチの連戦をズタボロになって闘い抜いて完全に主役になるなど、とんでもなく幅の広すぎる狂い咲きを見せていて、正直わけがわからないようなキャリアなのです。
 ……しかし、改めてそう考えてみますと、テリーマンはどう見てもテリー=大仁田的な狂乱の要素は全く受け継いでおりません。ということは、テリーマンとはすなわち小橋であるという等式が成り立つわけですが、このとき、私が「キン肉マン」という漫画に対して抱いていた他の印象ともリンクすることが現れてきたのです。
 ……と、言いますのも、今回私は完璧超人始祖編を通読してみたわけですが、最後まで読み通したときに最も強く感じられた感想は、ただ一言にまで集約できるものであるのでした。
 …………
 …………
 ……サンシャイン、田上みてぇだな……
 あの~、サンシャイン、どこからどう見ても田上明なんですが……これはいったいどういうことなのでしょうか?
 まず、強大な体格を誇るにもかかわらず、基本的には最低限の労力で最大の効果を得ることばかりを考えており、要するに楽して勝つことばかりを考えているあたりが田上っぽいです。田上の場合、天龍のパワーボムを食らってそのままエビ固めでフォールされた際、「このまま屁をこけば臭くてフォールは外されるのではないか」と考えて実際にやってみたことがあるらしいですが……田上って、実はキン肉マン・ユニヴァース出身なんでしょうか?
 ふだんからそんな感じであるため、気を抜いていると、常人のジェロニモに敗北するような大番狂わせを起こしてしまう。一方で、楽して勝つための省エネ戦法がうまくはまったときには、完璧超人始祖すら打ち破ってしまう……う~ん、完全に田上です。サンシャインが将軍様から「悪魔超人の首領格」などと見なされていることも、実は田上は本来の潜在能力という意味では四天王の中でもジャイアント馬場からの評価が最も高かったことを思い起こさせずにはいません。
 ……しかし、ここに、大きな問題があるのです。というのも、テリーマン=小橋、サンシャイン=田上という図式が成立すると、必然的に、アシュラマン=川田ということになってしまいます。……これは、さすがにおかしいでしょう! どう考えても、川田はあんなにサッパリした性格の人ではありません。
 アシュラマンとは、いったい何者なのでしょうか。ここには、深い謎があります。……改めて考えてみると、アシュラマンが参加したタッグやユニットを見ていくと、「はぐれ悪魔超人コンビ」に「超人血盟軍」……そう、ここでは、われわれの現実世界における国際プロレスとの関わりが示唆されているのです。
 ならば、これはそのものズバリ、アシュラマン=阿修羅・原だと考えるべきなのでしょうか。……いやいや、やっぱりこれも、全然違うと言うほかありません。
 深刻な苦悩の末に私が到達したのは、アシュラマンに個人としてのレスラーが投影されているわけではないのではないか、という仮説です。そう、アシュラマン=天龍同盟の全体としてのイメージ、という風に考えれば、阿修羅要素と川田要素との両者を包含することも可能なわけです。ゆでたまご先生自身、天龍同盟の飲み会にも参加していらしたらしいですし。
 実は、「キン肉マン」のごく最近の展開の中で、解説のタザハマさんがなかったことになってなかったことに驚いたばかりのことだったのですが……こうなってきますと、アシュラマン復帰が実現した折りには、もはやいつオサノさんが作中に登場してもおかしくないのではないでしょうか。


 ……などというようなことを考え、現実世界とキン肉マン・ユニヴァースの接点を探る過程で、もはや自分としてもなにがなんだかわけがわからなくなってきたのではありますが。
 テリーマンこそが、現実世界とキン肉マン・ユニヴァースとを相互に結びつける特異点だとして、では、「キン肉マン」という漫画をあくまでも一つの作品として見たときに、その内部でテリーマンが果たしている役割とはなんなのでしょうか。
 改めて考えてみれば、テリーマンは、最初期を除けばキン肉マンと直接的に対立する存在でもなければ、切磋琢磨するライバルという言い方も当てはまりません。それどころか、一人の超人レスラーとしては、かなり初期の段階で致命的な弱点を追ってしまった存在ですらあります。
 ……しかし、まさにそのようなテリーマンのあり方こそが、私の考えでは、「キン肉マン」をして「キン肉マン」たらしめている、作品の核心部分なのです。そして、その核心とは、プロレスそのものの核心でもあると思えるのです。
 更に言うと、その核心とは、全日本プロレスと新日本プロレスの根本的な相違点でもあると私は考えています。……新日本プロレスという団体が、時代ごとに全く姿を変え、それまでの主張を恥じらいもなくかなぐり捨てるようなことすらあったとしても、いつの時代にも決して手にすることのできなかったもの。逆に、全日本プロレスは現在においてもなお保持し続けているもの。
 ……そのような、プロレスの根本的な核とは、いったいなんなのでしょうか。……それは、一言で言ってしまえば、カンナム・エクスプレスなのであります。
 少なくとも、「90年代の全日本プロレス」という枠組みの中では、カンナム・エクスプレスこそが、プロレスの本質を体現する存在だったのだと、私は確信しています。……そして、90年代に熱心に全日本プロレスを見ていたファンの中では、カンナムが嫌いな人などいないはずだとも思うのです。
 カンナム・エクスプレスという存在がなぜ重要なのかと言えば、それは、彼らが「タッグ屋」だからです。タッグ屋であるということはつまり、逆に言えば、シングルプレイヤーとしては物足りないということでもあります。
 ダグ・ファーナスとダニー・クロファットのカンナム・エクスプレスは、シングルプレイヤーとしてはそれほど大きなインパクトを残すことのできていない存在です。……いや、もちろん、全盛期の渕から世界ジュニアを奪取したクロファットの技術は折り紙付きのものではあるのですが、しかし、外国人レスラーだと190センチあっても「標準」「ふつう」ということになってしまう全日本プロレスにあっては、体格的に劣ってしまうゆえにジュニアヘビー級のくくりになってしまうわけなのでした。
 一方のファーナスはと言えば、すばらしい肉体美と圧倒的な瞬発力を誇りつつ、しばしば「それだけでも金が取れる」と言われたすさまじいドロップキックとフランケンシュタイナーを繰り出すレスラーでした。……しかい、逆に言うとそれ以外にはあまり売りがなく、技の繋ぎがいまいちでぎこちなく、シングルマッチだとどうしても大味な試合になりがちでもあったのです。
 しかし……そう! 彼らがタッグを組めば! 弱点や欠点を補い合い協力した彼らによって展開されるのは、まさに夢の世界。だからこそ、90年代の全日ファンは、今でもなお、カンナムのテーマ曲「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」を耳にするだけで体の中で何かのスイッチが入り、そこからさらに「勇士の叫び」と「キックスタート・マイ・ハート」を続けて聞いたりしようものなら即座に90年代にタイムスリップしつつどこかへ向けて全力で走り出したい衝動に駆られ、とりあえず「勇士の叫び」のメロディに合わせて雄叫びを挙げ始め、すると、ゴディもウィリアムスも既に亡くなったことを思い出して涙を流し……あるいは、例えば映画館に赴いた際に予告編を見ていたら「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」の曲がかかるとともにいかにも元気そうなロック様が飛び出してきたりしようものなら、「いやそれ、あんたのテーマ曲ちゃうやろ」などと思ったりするような日々を、誰もが過ごしているはずなのです。
 ……つまり何が言いたいのかというと、プロレスの本質は、タッグマッチにこそあるということです。一対一で決着をつけるシングルマッチにおいては、誰もが、単なる一人の個人として、勝敗に関するあらゆる責任を引き受けなければなりません。
 もちろん、プロレスにおいては、シングルマッチだからといってはっきりと決着がつかないこともありはします。両者リングアウトなり反則裁定なりジョー樋口の失神なりによってウヤムヤの内に不透明決着が発生します……とはいえ、最終的な決着は、やはりいつかは訪れることになるわけです。
 ならば、シングルマッチで最終的な決着をつけていくとして、そこで勝ち上がれない人間には、もう可能性はないのでしょうか? ……しかし、最終的にプロレスなんていうジャンルに行き着いた人々は、やる側の人間にしても、見る側の人間にしても、完全無欠の個人として独立してやっていけない者の方が多いくらいなんじゃないでしょうか。
 誰もが、弱点や欠点を抱えている。癒せない傷とともに生き、故障を抱え、あるいは、既に体力的なピークを過ぎて下り坂の時期に入ってしまっている。……だから、もう、一対一の闘いで個人が押しのけあう世界では押し出されて排除されるしかない、だからと言って、何もかもを諦めてしまったわけではない。弱点や欠点や故障や欠損はもはや修復できないにしても、それでも再起したい、立ち上がりたい、また輝きたい。そう願いつつも行き場を失った人間にとっても、プロレスの世界でならば、自分の存在意義を見つけられるはずなのです……タッグマッチにおいてならば。
 一対一の闘いにおいては、自分と相手、勝つか負けるかの関係性しかありません。しかし、タッグマッチならば、単に強大な敵に立ち向かうだけではなく、弱点や欠点を補い合うパートナーとの関係性が、まず先にあるわけです。
 だからこそ……そう、何もカンナムだけではなくとも、シングルマッチではダメな部分を露呈してしまうようなレスラーが、どれほど、タッグマッチにおいて存在意義を見つけてきたことでしょうか。あの愛すべき男、ジョニー・エースが……そして、我らがスーパースター・大森隆男が……シングルマッチで色々とやらかして罵声を浴びていたような時期にも、タッグマッチでならば、何度も名勝負を残してきたわけなのです。
 そして、まさにこれこそが、全日本プロレスと新日本プロレスの根本的な違いなのです。新日本プロレスという団体は、実際にはプロレスなどというものが存在しなくても成り立つことしかやっていない、ゆえに時代ごとにやることを全く変えられるのだと私が見なす理由は、この団体が、タッグマッチの本質を遂に理解することがなかったことにこそあります。新日本プロレスが興業の全体像を設計するにあたっては、最終決着戦としての舞台は、シングルマッチしかありえません。逆に言えば、タッグマッチの本質的意味を、その潜在性を……言い換えれば、タッグマッチこそがむしろプロレスの中心であるということを、取り逃がし続けてきたのです。
 このことは、全日本プロレスを見ると、完全に逆転します。全日本においては、タッグマッチにおいて最後の決着をつけるために、むしろシングルマッチの方こそがそれに向けての前哨戦となるような興業の設計すらありうるのです。
 改めてそのことを感じたのは、昨年の暮れの最強タッグの最終戦でした。最後の公式戦として闘われた諏訪魔・石川組対宮原・ヨシタツ組の内容は白熱したもので、私としても「これぞ最強タッグ! これぞ全日本プロレス!」と快哉をあげるような試合だったのですが、これが単なる好勝負を越えて名勝負の域にまで達していたのには、ヨシタツをめぐる経緯があるのです。
 ダメレスラーとして罵倒され、馬鹿にされ続けてきたヨシタツ。そんなヨシタツが全日本プロレスに流れ着き、宮原との死闘の末にタッグを結成し、再起をかけて立ち上がった……そう、まさにこれは、全日本プロレスという団体だからこそ成立しえた、友情パワーの発現だったのであります。


 「キン肉マン」が漫画として成立するためになぜテリーマンが必要ななのかは、もはや明らかでしょう。キン肉マンを守るために、超人レスラーとしては致命的な、再起不能であるはずの欠損を負ったテリーマン……その欠損にもかかわらず、いや、その欠損ゆえにこそ、テリーマンはキン肉マンとタッグを結成することになります。
 キン肉マンとテリーマンがタッグを組むからこそ、タッグチームが存在できる場所としてのプロレスが存在し、結果として、「キン肉マン」の作品世界そのものが存在できることにもなりえているわけです。
 ……一方、現実世界の全日本プロレスにおいては、友情パワーで結ばれていたはずのジャイアント馬場とテリー・ファンクが、タッグを結成して大勝負に打って出るようなことはありませんでした。
 しかし、テリーが全日に登場することのなかった90年代、一戦を退いていながらも再び最強タッグに出場することになった馬場のパートナーは、そう、かつて強敵であったはずのスタン・ハンセンだったのです……これはつまりあれですよ、キン肉マンとテリーマンによるザ・マシンガンズの結成は、後のハンセン・馬場組の結成を予告していたと言えるのではないでしょうか!?
 キン肉マンがテリーマンにタッグパートナーになってもらうために、アマリロのテリーの牧場にまで赴いた番外編の読み切りを読んだ今となっては、私の脳裏には、ありありと、あるイメージが思い浮かんでいます……そう、ジャイアント馬場も、間違いなく、ハンセンをタッグパートナーとして口説くために、テキサスにまで飛んだのに違いないのです!(いやちょっと待てあのときはむしろハンセンの方がパートナーを必要としてたんじゃなかったけ、などというツッコミは不要です)
 ……それにしても、90年代、両者にとってのキャリアの最後にあたる日々に、ジャイアント馬場とアントニオ猪木とが、改めてはっきりとした対照性を表していたことには、感慨深いものがあります。
 一方にいるのは、国会議員としてVIPにもなり、数万人規模の会場で興業がなされるときにだけ現れては、シングルマッチで自分をどこまでも誇示していた人物。そしてもう一方にいるのは、既に富も名声も獲得していながらも、死ぬまでドサ周りの一座の座長であり続け、興業の前座で顔見せのためにタッグマッチに登場し、強く自己主張をすることもなかった人物。
 この対照的な生き方の両者のどちらを支持するのかということは、少なくとも、「どちらが上でどちらが下か」というような単純な問題ではないでしょう。……しかし、少なくとも、既に両者の決着がついていると思っていた人々、言い換えれば、自分がプロレスの本質など何もわかってすらいないかもしれないということにすら気づくことのなかった人々は、プロレスが廃れ始め総合格闘技が人気を集め始めると、さっさと鞍替えしていった……言い換えれば、そもそもの最初からプロレスをなど必要としてはいなかったということを、少なくとも私は、忘れることがないでしょう。
 一方で、最後の日々を送りつつあったジャイアント馬場が、ここぞという折々に残された力を振り絞って後進に立ち向かい、なんとかして名勝負を残したとき……それはいつも、「タッグマッチでの負け試合」であったということに、私はいまだに心を打たれるのです。







『キン肉マン』全巻を通読して、アメリカへの憧憬を見い出した

 少し前、電子書籍のキャンペーンで、『キン肉マン』が1巻から29巻まで期間限定で無料、というものがありました。それで一通り読んでいたんですが、売る側の思惑にまんまとのってしまいまして、結局電子書籍で最新のぶんまで一気に通読してしまったのであります。
 実は私、もともと『キン肉マン』に関しては、最初にいったん完結したときのぶんまでしか読んでいませんでした。これにははっきりとした理由がありまして、最後の結末の改変に納得がいっていなかったということがあります。ネットで軽く調べただけの感じだときちんと確認はとれなかったんですが、私の記憶にある限りだと、もともとの王位継承編のラストは「マッスルスパークでスーパーフェニックスを倒す→王位継承の証のマントを血染めにした時点で、即座に終了」というなんとも即物的にブツっと終わるもので、ハッピーエンドとは言えない「苦い勝利」というような感覚がむしろよいと思えていたのです。それがいざ単行本になってみると、スーパーフェニックスは生きていて和解が成り、アタル兄さんを始めとして死んでいった人々もみんな復活……と、「そりゃねえわ~!」と思えるものになってしまっていたのでした。
 そんな、結末の改変に対する微妙な思いもあったため、『キン肉マン』が(続編ではなく)王位継承編からの直接の続きを再開してからも、なんとなく読まないままできていました。……それが、今回一気に王位継承編から続く完璧超人始祖編を通読してみたわけですけれども。これは要するにアメコミで言うところのレトコン(事後からの遡及的な設定改変・再整理)が徹底されたものになっていたのですが、マッスルスパークに関しても、「単なるものすごい威力の技」ではなく「究極の峰うち」という新たな意味付けが与えられていたので、改変後のストーリーの辻褄が合うことになる再解釈が与えられていたので、私としては納得がいくということもありました。
 ……しかし、実は、私がいざ『キン肉マン』の全編を通読してみて最も大きな印象を受けたのは、確かに高い完成度を持つ完璧超人始祖編ではなく、むしろ荒削りで完成度も低い初期のあたりの方だったのです。
 よくよく考えてみると、私が『キン肉マン』を読んでいたのは2回目の超人オリンピックあたりからのことなのであって、「初期はギャグ路線で始まったから別物」という評判だったこともあり、全くその内容を把握していませんでした。
 今回、改めて一番最初から『キン肉マン』を通読してみると、なるほど、初期の漫画としての完成度は低いです。……とはいえ、アメコミのヒーローものと日本の特撮などとの文脈を融合し、なんとかして共通の場を作り上げようとしている試行錯誤の部分は、私としては単純に否定できないものであります。
 ……しかし、実はそこで目指されていることが非常に壮大な試みであることに本当に気づいたのは、アメリカ遠征編に突入してからのことなのでした。……超人オリンピックの優勝者として世界中で防衛戦を展開することになったキン肉マンは、ハワイを皮切りに全米に乗り込むことになります。しかし、そこに待ち受けていたのは、かつての権威を失い、アメリカの内でもごく一部のテリトリーしか管理できていない、失墜した超人協会の姿……。そして、キン肉マンを迎えた超人協会会長は、ドーロ・フレアース……。
 ……ドーロ・フレアース……
 ……ドーロ・フレアース……
 …………
 …………
 ……ろ、ロード・ブレアース…………!?
 そう、私のような四天王直撃世代の感覚だと、全日本プロレスが運営するタイトルマッチを認定する責任者にして、ほぼ全ての認定書は「代読」ですまされながらも、たま~に来日しては生存を確認させてくれる初代PWF会長こそ、ロード・ブレアースに他なりません。
 もっとも、『キン肉マン』作中でドーロ・フレアースが会長をしている超人協会は、明らかにPWFではなくNWAがモデルではあるのですが。そこは、熱烈な馬場派として知られるゆでたまごの両先生のこと、全日本プロレスとNWAの関係性をふまえた上で、フィクションの内部でそのような設定を作り上げていることは明らかでしょう。
 ……とはいえ、キン肉マンの渡米後も、超人協会のテリトリーは削られてしまい、最後の最後に残された唯一の場所とは……セントルイス!
 ……せっ、セントルイス!? ……そう、セントルイスと言えば、かつてのプロレス界の世界最大の権威、NWAの総本山。各プロモーターが自分のテリトリーを持って独立して活動し、プロモーター同士の連合組織として成立していたのがNWAです。それが、80年代の産業構造の変化によって、テリトリー制は崩壊し、NWAもまた実質的に滅び去ったのでした。
 つまり、アメリカ遠征編におけるキン肉マンの役所とは、現実のプロレス界の状況を照らし合わせるならば、「テリトリー制の元にあった古きよき時代のアメリカン・プロレスの没落に立ち向かう、日本出身の、最後のNWAチャンピオン」ということだったのです! ……これはもう、どこからどう考えても、馬場派プロレスファンだけが持ちうる悲願であり夢であるわけです。このことに気づくだけで、既に泣けてきます。
 そして、『キン肉マン』という漫画が特にアメリカ遠征編において極めて野心的であると言えるのは、プロレスという題材を通して日本とアメリカの関係性を描き出そうとしていることだけが理由ではありません。……実は、ギャグ展開が基調だった最初期のテーマも、密かにここで合流しているということこそが、真に重要なのです。
 キン肉マンのアメリカ遠征中、何度も登場することになり、重要な試合の立会人を努めたりすることにもなったりする人物がいます。新聞記者のクラーク・ケンタ氏であります。
 このクラーク・ケンタ氏なる人物が、スーパーマンことクラーク・ケントのパロディであることは言うまでもないでしょう。……しかし、セントルイスをめぐるストーリー展開の中でクラーク・ケントのパロディキャラを登場させるということには、単に有名なアメコミキャラを盛り込んだという以上の、アメコミの文脈に対する深い理解があると言えるのです。
 赤子の頃に惑星クリプトンから地球へとやってきたスーパーマンが育ったスモールヴィルは、カンザス州にあります。そしてまた、このあたりのアメリカの中枢部の地域は、アメコミ的には、歴代フラッシュと深く結びついた地域でもあります。
 歴代フラッシュが拠点としたキーストーン・シティおよびセントラル・シティも、おおよそこのあたりの地域にあります。両都市の正確な位置は時代ごとに設定が微妙に異なるのですが、最もオーソドックスな設定だと、両都市は川を挟んで隣り合っていることになっています。そして、隣とは言え、実はそこに州境があり、キーストーン・シティはカンザス州の東端、セントラル・シティはミズーリ州の西端にあるのです(ついでに言うと、この州境の橋こそが、初代フラッシュことジェイ・ギャリックと二代目フラッシュのバリー・アレンが出会った場所であることになっているのですが、ドラマの「フラッシュ」は、ちゃんと見ると、そのことをきちんと踏襲していることがわかります)。
 セントルイスはミズーリ州の東端にあるため距離的には少し離れていますが、大きく見れば同じ地域にあると言ってもいいでしょう。……ただし、ここで注意しなければならないのが、なんとなくこのあたりの地域を舞台に選ぶことで、それにまつわる異なる分野のキャラクターを寄せ集めている、というわけではないということです。事態は、むしろ逆です。
 つまり、プロレスとアメコミを完全に同一の地盤に統合して一つの作品の内部に導入するためには、必然的に、このあたりの地域を舞台にするしかない、ということなのです。


 プロレスとアメコミは同じである、と、私は結構前から言い続けてきました。……しかし、そんなことは、独創的なことでも何でもありませんでした。ゆでたまご先生の手になる『キン肉マン』は、そんなことはとっくの昔に当たり前のこととして打ち出し、プロレスとアメコミの融合によって、日本文化とアメリカ文化とがいかなる相克関係にあるのかを描き出そうとする、極めて野心的にしてなおかつ壮大な構想を持つ漫画だったのであります。
 ……しかし……そのように考えると、深く納得がいってしまうことがあります。
 ……そうか……そうだったのか……
 ……ニック・スペンサー、アメリカのゆでたまごだったのか……
 ……そうです、「キャプテン・アメリカは、実はハイドラのスパイだったのだ!」という展開を、前後の展開を知らない非読者がバッシングするということがありましたが、なんのことはない、あれは、「悪魔将軍の正体は、なんと、盗まれたと思われていた黄金のマスクだったのだ!」「ゲェーーーーーーーッ!!!」的な展開にすぎなかったのです。
 ……まあ、それはともかく、『キン肉マン』の初期における野心的な挑戦は、内容的な意味でも商業的な意味でも成功したとは言えず、結局は頓挫することになり、作品は異なる方向に向かっていくことになります。
 そういう意味では、子供のころの私が、2回目の超人オリンピック以降の展開しか読んでいなかったということは、ある意味では必然的なことであるとすら言えます。『キン肉マン』初期の、アメリカ文化への憧憬を基盤に据えた野心的な展開から方向転換し、日本の漫画市場で生き残れる方向性、「少年ジャンプ」のありがちな設定へと型をはめることによって、人気のある作品として生き残ることに成功したわけですから。


 それにしても、現在の視点から振り返ってみると、『キン肉マン』の方針変更の持つ意味は、日本ではあまり理解されないものであるように思えます。
 初期『キン肉マン』の試みは大変野心的なものだとは思いますが、当時のゆでたまご先生は、その野心的な試みをうまく作品に結実させるだけの技量は持っていなかったように思えます。……しかし、仮に当時のゆでたまご先生に、それこそ現在のニック・スペンサー並の構成力があり、巨大な構想が優れた作品に見事に落とし込まれていたとしても、やはり商業的な成功はありえなかっただろうと私には思えるのです。
 それがどういうことかというと、初期『キン肉マン』で全面的に打ち出されていたアメリカへの憧憬、それも主に「プロレス」と「アメコミ」という視点からそれを表明することは、少なくとも当時の日本では、まるっきり理解もされず、ひたすら馬鹿にされるリスクを持ったことだったということです。
 このことは、日に日にわかりにくいことになっていると思われます。アメコミに関しては、実写映画化が世界的な規模で大成功を収め続けてからというもの、「アメコミキャラは無条件で馬鹿にしてもいいもの」という偏見はどんどん薄れていき(ある一定以上の世代にはいまだ根強く残っているとは思われますが)、「なかったこと」への道をたどっているように思えます。しかし、ろくに語学ができるわけでもなければ、外国のコミックにもほとんどふれた経験がない人々が、とくにアメコミのことをひたすら馬鹿にし侮辱し続けてきたことは、きちんと記録されておくべきことです。
 そして、このことと同様のことについては、実はプロレスの方がより酷いものになっているのです。プロレスに関しては、これは「現在進行形で進んでいること」ではもはやなく、「完全になかったこと」に既になってしまっているのです。
 日本におけるプロレスの受容において、長年に渡って、「アメリカのプロレス」は「無条件で馬鹿にしていいもの」「日本のプロレスより劣るもの」であったのでした。この状況が変わった時点ははっきりしています。”ストーン・コールド”スティーヴ・オースティンとザ・ロックのブレイクが世界的に波及し、日本にも多大な影響を及ぼし始めた時点です。この両者の成功によって日本でも新規の観客が開拓されたことーーさらには、後述するもう一つの結果として、「日本のプロレス業界の主流派はアメリカのプロレスを徹底して馬鹿にし続けてきたこと」は、いつの間にか、完全になかったことになりました。
 そして、日本のプロレス業界においてこのような偏見が強固に形成されたのは、なんとなく自然にできあがってしまったというわけではありません。そこには、日本のプロレスの歴史を強固に方向付けた、一つの明確な起源が存在したのです。


 アメコミの文脈で、アメコミがどういうものなのかをよくわかっていない人々は、平然と「バットマンとスーパーマン」という表記をします。私自身は、スーパーマン派かバットマン派かと言われると明確にバットマン派なのですが、それとはまた別の話として、単に両者を並列するときには、スーパーマンを先に置くことが当然のことです。
 これは、日本のプロレスの文脈で言うと、「猪木と馬場」と表記してしまうことに相当します。……今回、『キン肉マン』を通読してみて改めて確認できたのは、さすがにゆでたまご先生は、日本のプロレスに言及する文脈では、必ず「馬場と猪木」と表記しているということです。「馬場と猪木」と書くのか、それとも「猪木と馬場」と書くのかということは、その言葉を発する人物のプロレス観が問われてくる、本質的な問題なのです。
 プロレスとは、極めてアメリカ的なジャンルです。そして、アメリカ遠征に単身乗り込んだ若き日のジャイアント馬場は、全盛期のアメリカン・プロレスの世界で、トップクラスにまで登り詰めました。それは偶然でも何でもなく、馬場がアメリカのプロレスの技術体系を完璧に修得していたということでもあります。
 それに対して、ジャイアント馬場の後進のアントニオ猪木がしたこととは、価値評価の基準そのものを変えることでした。実際、自身もアメリカ遠征を経験している猪木にしてみれば、「アメリカのプロレス」という枠組みの中では馬場に勝る部分などないことは自明のことです。……だからこそ、猪木は、「アメリカのプロレスなど偽物である」ということを強烈に打ち出したわけです。
 「アメリカのプロレスの多くは、ショーマンシップを全面に打ち出している偽物である」「ゆえに、馬場のアメリカでの実績など大したことはない」「ゆえに、実は馬場は弱い」「ゆえに、アントニオ猪木の新日本プロレスこそが本物である」……この種の主張が声高に何度も繰り返されたことが、日本のプロレス業界のある種の傾向を決定づけることになりました。
 プロレスはショービジネスですから、観客を喜ばせるための技術体系も、当然のこととして存在します。しかしそれとは別に、様々な利害関係によって生じる現場関係者間でのトラブルに対処するために、純粋に人体を破壊するためのみの技術体系も、観客には見せる必要のない「裏」のものとして存在します。
 観客から代価を取って見せるものならなんでも「ショー」なのですが、なぜか日本では、「ショー」という言葉に侮蔑的な意味が込められていると思いこむ人々が多いようです。……そして、猪木の戦略は、日本の市場においては大成功を収めることになりました。「表」の技術の追求は投げ捨てて、本来なら観客に見せる必要のない「裏」の技術を大々的に誇示して、自分たちこそが真面目に真剣勝負を追求しているとしたわけです。
 ……これは、逆に言えば、猪木のやることは、実はそもそもプロレスである必要はないということでもあります。実際、日本では、猪木新日本のプロパガンダを真に受けた人々の中から、完全にプロレスから脱却し純粋な総合格闘技の流れすら生まれてくることになったわけです。
 猪木にとってのプロレスとは、先行者たる馬場を打ち破り上に行くための、乗り越えるべき共通の土台を設定しているものにすぎません。言い換えれば、たとえプロレスなど存在しなくとも、猪木はいずれかの手段によって、自分がのし上がる道を見つけていたことでしょう。……しかし、馬場は違います。馬場のプロレスは、プロレスというジャンルそのものの本質と結びついた形としてしか存在することができません。プロレスがなければ、偉大なる存在としてのジャイアント馬場は存在しえないのです。


 実はプロレスなどというジャンルが存在する必要はないということこそが、新日本プロレスの本質です。……だからこそ、純粋な総合格闘技に打って出て、惨敗し、急速に訴求力を失って倒産寸前に追い込まれてからのちは、あれだけ馬鹿にしていたはずのアメリカン・プロレスの、それも商業的な成功を見込んで最も露骨にショーアップされた部分ばかりをパクりまくることによって、売り上げ的に立て直すことによって存続してきたわけです。
 ……そのように考えると……『キン肉マン』という漫画もまた、商業的な成功のために露骨な方針転換をしたことは確かではあります。しかし、『キン肉マン』の場合には、決して変わることのない核が存在していたと言えると思うのです。
 コミックなりプロレスなりの文脈でアメリカへの憧憬を堂々と打ち出すことは、当時の日本では、馬鹿にされ蔑まれることでしかなかったわけです。……そして、だからこそ、そのような部分をきれいにぬぐい去り、「少年ジャンプ」の典型的なバトル漫画のスタイルに自らはまっていくことによって、『キン肉マン』は人気漫画としての地位を確立しました。
 しかし……『キン肉マン』という漫画が描き続けてきたことは、「馬鹿にされたら、馬鹿にしかえせばいい」「蔑まれたら、蔑まれないようにのし上がればいい」「のし上がるためには、周囲を食い殺せばいい」ということだったでしょうか。……もちろん、馬鹿にされ蔑まれること自体がいいことであるわけはないが、だからといってそのような生き方を選択せずに生き続けることこそ、核として『キン肉マン』が描き続けてきたことだったわけです。……そして、私としては、そのような部分にこそ、『キン肉マン』の馬場全日本との深い共鳴を見て取りたいのです。
 なぜ、『キン肉マン』という漫画は、その核を失わずにいることができたのでしょうか? ……もちろん、心に愛があるから、というのも、一つの答えです。しかし、実際に作品の内部に具体的に描かれていることにも、はっきりとした痕跡があるはずです。
 馬場全日本とアメリカン・プロレスとの本質的な結びつきを、いつまでも証し立て続ける何ものか……『キン肉マン』という作品が展開するにつれ、「超人レスリング」という形式の、「超人」の方ばかりが重要性を持つようになり、それこそ常人には不可能な、超人にしかありえないド派手な必殺技が展開されるようになり……そんな中、どう見てもプロレスそのものとしかとらえられない技、それどころか、アメリカのある地域の郷土性すらぬぐい去りようもなく刻印された技ばかりを頑固に使い続ける、一人の人物……スピニング・トーホールド、カーフ・ブランディング、そして、テキサス・クローバーホールド……
 ……そう、今や私は、テリーマンの偉大さについて語らなければならないでしょう。


                    (つづく)





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 読んだ本、見た映画の感想をつづるブログ。基本的にネタバレありです。

 

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