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「フラッシュ」誌を読み始めて以来というもの初めて、イオバード・ソーンのために泣きました

 というわけで、『DCユニヴァース:リバース』の邦訳について述べた文章に関連して、「フラッシュ」誌の最近の展開について書いてみたいと思います。






  『フラッシュ:ランニング・スケアド』(TPB)


  ライター:ジョシュア・ウィリアムスン
  アーティスト:カーマイン・ディ・ジャンドメニコ、ハワード・ポーター、他数名


 「リバース」後の「フラッシュ」誌は、単行本で3巻ぶん出版されたのち、トム・キングのライティングする「バットマン」誌とのクロスオーヴァー『バットマン/フラッシュ:ザ・ボタン』が展開されました。
 この間、「フラッシュ」誌は現在もなおジョシュア・ウィリアムスンが一貫してライティングを担当しています。そして、『ザ・ボタン』は『DCユニヴァース:リバース』との関連が強く、結果としてDCユニヴァース全体に影響を与えるものでしたが、「フラッシュ」誌のその後の展開も、『ザ・ボタン』からの余波があるものになっています。
 単行本としては「リバース」以降での4巻ということになる『ランニング・スケアド』には、「フラッシュ」誌の23号から28号までが収録されます。この内、もともとコミックブックとして発売された段階だと、23号と24号が「ザ・カラー・オヴ・フィアー」、25号から27号までが「ランニング・スケアド」と題されていました。
 そして、この「ザ・カラー・オヴ・フィアー」においてもちょこちょこと暗躍しつつも、「ランニング・スケアド」になって本格的にフラッシュの前に立ちはだかることになるのが、リヴァース・フラッシュです。
 ここで一つ注意しておかなければならないのは、このリヴァース・フラッシュが、どのようなリヴァース・フラッシュであるのかということです。……振り返ってみますと、『フラッシュポイント』においてDCユニヴァースの設定がいったん全てリセットされてからのちのNew 52において「リヴァース・フラッシュ」とされていたのは、完全にオリジナルの新キャラなのでした(そして、その息子が、New 52でのウォリー・ウェストです)。まあ正直なところ、私としては、「これでリヴァース・フラッシュはねえわ……」などと思っていたキャラなのですが、しばらくのちになると、ついに本命というか、イオバード・ソーンが登場……ん? これはどういうことだ……と思いきや、このソーンは、あくまでも「プロフェッサー・ズーム」。つまり、リヴァース・フラッシュとプロフェッサー・ズームというのは単に同じ人の別名だったはずが、「違う名前なんだから別キャラですから!」ということにして、従来のイメージに近いプロフェッサー・ズームを出してきたわけです。
 ……なんですが……「リバース」展開において、フラッシュに敗北し捕まっていたはずのソーンに、なにやらおかしな点が……こ、この人、いつの間にか、自分がトマス・ウェイン版バットマンに殺されたことを思い出してる!
 そう、「リバース」展開において「フラッシュ」誌において登場したのは、『フラッシュポイント』において死亡したはずの、プレフラッシュポイントのリヴァース・フラッシュことプロフェッサー・ズームことイオバード・ソーンだったのです。……そして、このソーンは『バットマン/フラッシュ:ザ・ボタン』において主要なキャラクターの一人となり、バットマンとフラッシュに先駆けて『DCユニヴァース:リバース』の黒幕に遭遇するものの、その手で瞬殺されてしまったのでした。
 ……だったんですが、やっぱりというかさすがに思ったよりも早く、『ザ・ボタン』終結後の次の号で復活してしまっているのでした。……で、このソーンはあくまでも「プレフラッシュポイントのイオバード・ソーン」なので、歴史が書き換えられていることを把握しており、「フラッシュ関連で今回は何がリブートされたのかな~?」などと言っているあたりが非常にタチが悪いです。
 そういうわけなので、『ランニング・スケアド』において語られるのはフラッシュとリヴァース・フラッシュの新たな事件ではあるのですが、それと同時に、あくまでもプレフラッシュポイントの歴史を持つ存在でありながらも、書き換えられた後の歴史の中で新たな出生をも持つソーンのオリジンもまた語られることになるわけです。


 ……さて、イオバード・ソーンと言えば、未来世界のフラッシュファンがフラッシュに執着しすぎた結果としてヴィランとなり、タイムスリップして色々な時代に現れては事件を起こすという、はた迷惑な人物です。そんなイオバード・ソーンは、「悪い読者」を具現化する存在として描かれてきたこともたびたびありましたが、今回のジョシュア・ウィリアムスンによるライティングでも、その点が特に強調されています。
 『フラッシュポイント』後の世界でキッドフラッシュとなった(プレフラッシュポイントのウォリーとは似ても似つかない)若い方のウォリーにと遭遇したソーンは、「この偽キッドフラッシュがぁ!」だの「だいたい君、本物のウォリー・ウェストですらないやろ!」などと罵声を浴びせることになるので、「あぁ、それ、正直おれも思ったことあるわ……」などと考えてしまう私としてはグサグサ突き刺さってくるものがあるわけです。
 そのことが非常にはっきりと描かれているのは、「ランニング・スケアド」の冒頭にある、ソーンによる独白です。


 Who is the Flash?
 フラッシュとは誰だろうか?



 For centuries people saw the Flash as a hero. He was their savior. They idolized him.
 何世紀もの間、人々はフラッシュをヒーローと見なしていた。彼は人々の救世主だった。人々は彼を偶像視した。



 It was deeper than worship. They felt as if he was one of them. They thought he understood them.
 それは崇拝以上に深いものだった。人々は、彼が自分たちの内の一人であるかのように感じていた。人々は、彼が人々を理解してくれていると考えていた。



 It's funny, isn't it? How you can watch someone from afar and think you know them?
 奇妙なことではないか? いったいなぜ、はるか彼方からきた人物のことを知っているなどと思えるのだろう。



 But the truth is...only we really know the man behind the mask...
 だが、真実は……ただわれわれだけが、その男のマスクの中身を本当に知っているのだ……



 ……注意しなければならないのは、原文では、最後の文章に出てくる'we'という単語が太字で強調されているということです。
 しかし、『ランニング・スケアド』におけるソーンは、最初から最後まで単独で活動しています。……ということは、わざわざ太字で強調されている「われわれ」とは、ソーン自身を含む「フラッシュ」誌の読者であるということになるわけです。
 そして、そのように考えてみると、『ランニング・スケアド』を少し前の『ローグズ・リローディド』と比較して非常に興味深いことがわかってきます。……『ランニング・スケアド』におけるリヴァース・フラッシュは、『ローグズ・リローディド』におけるキャプテン・コールドと同じく、『DCユニヴァース:リバース』を誤読したからこそ、敗北することになったのです。


 今回改めて語られたオリジンにおいても、25世紀の未来人たるイオバード・ソーンが、はるかな過去の世界のバリー・アレンの熱心な崇拝者であったことは同じです。そして、25世紀に現れたバリーと共闘しながらも、やがてソーンの暴走によって対立し、ヴィランとみなされてバリーに倒されてしまいます。
 設定に微妙な変更が加えられているのは、それより後の部分です。……心を入れ替えてやり直せば、バリーなら再び自分を受け入れてくれるはずと考えて過去のバリーの時代にタイムスリップすることにしたソーンは、そのとき、あの、フラッシュの赤を黄色へと塗り替えたコステュームを身に纏っているのです。……つまり、ヴィランとなることによって黄色へと変えたのではなく、黄色になった時点では、ソーンはまだバリーの味方のつもりでいた。ではなぜ黄色にしたのかと言えば、「フラッシュのパートナーは黄色いと決まっているから」……うぉ~、つまりこれは、ウォリーへのオマージュ!? ……うぅ、ソーン、そういうことだったのかよ……と、ここで既に一泣きしてしまいます。
 しかし、タイムスリップしたソーンの目の前には、ショッキングな光景がありました。……そこにあったのは、『DCユニヴァース:リバース』の冒頭で登場した腕時計が、バリーからウォリーへと渡されるまさにその場面です。そこでソーンは、バリーがウォリーへ'Every second is a gift.'と言っているのを聞いてしまったのでした。
 実は、それより先立つ場面、未来世界でソーンがまだバリーと共闘していた頃に、ソーンはバリーから'Every second is a gift.'という言葉を贈られていたのでした。その言葉が自分のためだけのものだと思っていたソーンは、自分のそれまでのバリーに対する考えはすべて間違っていたのだと確信することになるのでした……


 ……というようなことが、『ランニング・スケアド』の中心にあるわけですけれども。ここにある行き違いの根本にあるのは、「フラッシュ」読者としてのイオバード・ソーンの、『DCユニヴァース:リバース』の誤読であることは明らかです。
 そもそもの話として、'Every second is a gift.'という言葉は、別にバリーによるオリジナルというわけではありません。それは、バリーの家系が代々受け継いできた腕時計の裏側に刻まれていた言葉なのであって、自分より下の世代の者に受け継ぐときに、何度も贈られてきたはずの言葉であるわけです(ちなみに、邦訳だとこのあたりは曖昧な訳がされてしまっているのですが、原書だと'The watch had been handed down generation after generation with an inscription on the back... 'と書かれているので、バリーが手にするよりはるか以前から既にその言葉は刻まれていたことは明らかです)。
 つまり、バリーは、自分の父親をはじめとする幾人もの先祖から受け継いできた言葉を自分にとって大事な次の世代に引き渡そうとしていたところへ、ソーンにも同じ言葉を贈ってくれたわけです。つまりソーンは、同じ価値観を共有し受け継いできたフラッシュのファミリーに加えてもらえた。しかしソーンには、そのことが全く理解できなかった……ということです。
 注意しなければいけないのは、バリー・アレンという存在に「オリジナルの価値観」を求めるというソーンの姿勢は、「フラッシュ」読者としても決定的に間違っているということでしょう。シルヴァーエイジにおいてバリー・アレンがフラッシュになったことは、ゴールデンエイジにおいてジェイ・ギャリックがフラッシュになったことの焼き直しでしかなかった。……言い換えれば、バリー・アレンという存在は、むしろオリジナルでないことにこそ価値があるはずだということです。
 'Every second is a gift.'という言葉についても、同じことが言えるでしょう。これは何も、一つ一つの瞬間がすべてオリジナルな瞬間だからこそ価値があるということではないでしょう。一つ一つの瞬間は、既に起きたことの焼き直しであったり繰り返しであったり既視感のあることであるかもしれないが、それでもなお、そこには価値があるはずです。
 ジョシュア・ウィリアムスンによる「フラッシュ」のライティングは、作品そのものがまさにそのことを体現しています。コミックで展開される一コマ一コマに、過去の「フラッシュ」誌で積み上げられてきた記憶が反映されていることがしばしばあります。ちょっとしたコマのとある構図に、そこに登場する人物の位置関係に、「フラッシュ」誌の過去の出来事に対する記憶が細かく反映されているようなことが頻繁に起こるのです(……というわけなので、現行の「フラッシュ」は、少なくとも、『クライシス・オン・インフィニトゥ・アース』→マーク・ウェイド担当期全て→ジェフ・ジョンズ担当期全て、くらいを読んでおくことによって、コミックを読み進める上での印象が全く変わったものとなります)。
 「フラッシュ」誌自体が何度もリブートされ、ストーリーは何度も語り直され、設定は何度も上書きされ……それどころか、同一の設定の範囲の内ですら類似するストーリーが何度も何度も語られる……それでもなお、そんな既視感の中ですら、一コマ一コマの全てに価値がある、ということです。
 ジョシュア・ウィリアムスンにとって、「リヴァース・フラッシュを打ち破るということ」は、「フラッシュ」誌に関して「悪い読者から良い読者になる」ということを意味するのでしょう。……とはいえ、誤読をきっかけとして、自分が愛していたはずの対象との間に決定的な行き違いを演じてしまうイオバード・ソーンは、単なる憎むべき悪役としてのみ描かれているようにも見えないのでありました(……しかし……そう考えてみると……スーパーマン関連でも……なんか、そんなキャラがいたような……そう……気に食わないことがあると、DC本社に殴り込んじゃうような人が……)。


 それにしても……今回のストーリーアークを読んでいて、かなり驚いてしまった細部があります。フラッシュとリヴァース・フラッシュがタイムスリップする中で出会ったのは、バリーとアイリスが結婚して年老いている時点でのことで……そこに登場するのは、バリーとアイリスの子供たち、トルネード・ツインズ!
 ……と、トルネーーーーード・ツインズ!!! ……うお~~~~、この人たちが出てくるのって、いったいいつ以来なんだよ!!!
 し、しかし……違うんだ……私が見たいのは、トルネード・ツインズと言っても、君たちの方じゃないんだ……私が見たいのは、ウォリーとリンダがすさまじい苦労をして育てていた方の、あの幼い双子ちゃんのトルネード・ツインズなんだよおぉ~~~!!!(……しかし……『フラッシュポイント』の時点で、元の時間軸から十年間が抜き去られたということは……あの子たちは、存在そのものが抹消、ということなんだろうか……しかし……ならば、ダミアンなんかは……幼児になってるはずなんじゃないのか……)
 まあそれはともかく、ジョシュア・ウィリアムスンのライティングによる「フラッシュ」誌を読み進めていると、この「フラッシュ」誌のバックナンバーが細かく念入りに参照されつつ、ジョシュア・ウィリアムスン自身が読者としてどのように「フラッシュ」誌に接してきたのか、その感情的な部分が追体験できるようなコミックになりえていると思うのです。
 ……というようなことも考えていて、最近改めて思うようになったのですが……ジェフ・ジョンズが現在の地位を確立したのは、『グリーンランタン:リバース』と、それに続く「グリーンランタン」レギュラーシリーズにおいてです。そして、ジェフ・ジョンズの完成形態を念頭に置いてみれば、その後に手がけた『フラッシュ:リバース』でのバリー・アレンの復活およびその後の「フラッシュ」レギュラーシリーズこそが最高、と思っていました。
 しかし、これは違ったのではないだろうか! ……なるほど、『グリーンランタン:リバース』以前の、まだウォリー・ウェストがフラッシュであった頃のジェフ・ジョンズ担当期の「フラッシュ」は、純粋な完成度という意味では、現在のジェフの技量と比べるとかなり物足りない。また、現在のジェフはほとんど扱うことのなくなったような鬱展開がかなり頻出するのも事実ではある。……しかし……しかし! まさに、ウォリーがヒーローとしての道を歩み、家族を得、悩みながらも成長する過程をライターとしてのジェフ自身が共有したからこそ、今日のジェフがあるのではなかろうか!
 そういう意味では……現在のアメコミ界にも、相当に優れたライターは結構な数が存在してはいます。しかし、自分が担当しているコミックのキャラクターと深い精神的なつながりを持ちつつ、その作品を練り上げていく過程で作り手自身も急速に成長していくようなコミックという観点に立つと、ジョシュア・ウィリアムスンによる「フラッシュ」は稀有な作品であるということができるのであります。









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 読んだ本、見た映画の感想をつづるブログ。基本的にネタバレありです。

 

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