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ヒーローコミックとパルプ・フィクションを融合する――『アストロシティ:ザ・ターニシュト・エンジェル』

 少し前のことですが、「アストロシティ」の現行シリーズの32号から34号にかけて、『ターニシュト・エンジェル』の続編が展開されていました。そこで、改めて『ターニシュト・エンジェル』の方も実に久し振りに読み返してみたのですが……やっぱり、このころの「アストロシティ」は非常に面白いなあ、と思いました。ということがあったので、まずは『ターニシュト・エンジェル』の方から紹介してみたいと思います。







 『アストロシティ:ザ・ターニシュト・エンジェル』


   ライター:カート・ビュシーク
   アーティスト:ブレント・アンダースン


 「アストロシティ」第2シリーズの14号から20号、単行本で言うと四番目に当たるのが『ターニシュト・エンジェル』です。
 さて、この『ターニシュト・エンジェル』というコミックが目指しているのは、一言で言えば、ヒーローコミックの定型と、小説や映画における犯罪ものの定型とを組み合わせ、融合させるということにあります。
 ストーリーが始まるのは、かつて凶悪なヴィラン「スティールジャック」として収監されていたカール・ダンウィズが、模範囚として刑期を勤め上げ、シャバに出てくるところからです。かつては血気盛んで手に負えない犯罪者であったスティールジャックも、もはや生活に疲れ、くたびれた中年でしかありません。
 再び犯罪者としての生活に舞い戻るつもりもなく、とはいえカタギの仕事を得て収入を得るあてもなく……今後の見通しもないままに、自身が生まれ育ったキーファー・スクウェアをさまよい歩くスティールジャックは、自分の生い立ちを回想します。
 治安も悪く、誰もがたやすく犯罪に手を染める薄汚れた街で育ったスティールジャックには、周囲の多くがそうであったように、いつのまにか犯罪者としての道を歩んでいたのでした。それは必ずしも、自ら望んで選んだ道ではない……とりわけ、アストロシティという場所においては、ひとたび空を見上げれば、きらびやかな超人たちが宙を舞っていることが日常茶飯事です。母親がそう呼んでいたのと同じく、彼らを「エンジェル」と呼ぶ   もまた、幼い頃から超人たちへの憧れを持っていました。しかし、犯罪に手を染めることくらいに依ってしか貧困から脱出する術などないキーファー・スクウェアで自身もまた超人になることを願ってスーパーパワーを手に入れたところで……その過程で、既に裏社会とのしがらみにズブズブになっているカールには、ヴィランになる道しか残されてはいません。かくして、カールは「スティールジャケッティド・マン」になったのでした……。
 おおよそ以上のような設定で始まる『ターニシュト・エンジェル』は、ヴィランを中心としたストーリーを展開するにあたって、犯罪小説や犯罪映画の定型を非常に洗練された形で作中に取り込むことに成功しています。なるほど、ある人物がヴィランになってしまったとして、根っからの悪党というわけでもない人物がそうなることもありうるだろうし、その生い立ちをていねいに描き出していくのならば、犯罪小説や犯罪映画が描いてきた犯罪者たちの人生を参照することは、極めて有効な方法であるでしょう。
 また、犯罪もののジャンル・フィクションとの融合は、なにもストーリーのみにおいて展開されているというわけでもありません。各章のタイトルなどを構成するフォントなどのヴィジュアル面の要素が、アメリカの多くの犯罪小説の舞台となった、チープでぺらぺらのパルプ・マガジンの類の雰囲気を忠実に再現しています。
 そして、更には……全身を鋼鉄でコーティングされることによってスーパーパワーを得たスティールジャックの見た目はと言えば……そう! なんと、ロバート・ミッチャムにそっくりなのであります……!
 『ターニシュト・エンジェル』の成功の最大の要因は、まさに、このキャスティングの妙にあると言えるでしょう。犯罪映画に出演するときのロバート・ミッチャムと言えば……なるほど、確かにどことなく疲労した雰囲気を漂わせていて、自分から活動的に行動する人物であるようには見えません。しかし、ただ単にくたびれたよれよれの中年というわけでもなく、その疲労したけだるい雰囲気が、どことなく高貴なありさまを醸しだし、退廃した空気、奇妙な色気を発散している……。
 何の希望もなく犯罪に満ちた汚れた街を彷徨する、全身を鋼鉄でコーティングされて黒光りするロバート・ミッチャム……このような設定こそが、ヒーローコミックと犯罪映画とを完璧に融合させることに成功しているのです(ただし、ミッチャムそのものを引き写すのではなく、キャラクターの性質上ミッチャムほど鋭い顔つきにはしなかったことも明言されてはいますが)。


 さて、シャバに出てきたスティールジャックは、もはや犯罪者としての生活に飽き飽きしており、その道に舞い戻るつもりはありません。しかし、ただでさえ前科者である上に鋼鉄の体を持て余す異形の男には、カタギの仕事がそうそう見つかることもありません。
 自分には生きていく希望も目的もない中、ふと空を見上げれば、やはりそこには美しい「エンジェル」たちがいる……しかしそれは、自分に手が届く存在ではありません。一方、自分が投獄されている間に成長した若い世代は、かつての自分と同じく、うんざりする生活から抜け出すために犯罪の道に飛び込もうとしています。ろくな目に遭わないことはわかっているから、それを止める年長者の側の役回りを演じる羽目になりながらも、止まるはずがない若者の側の気持ちもわかってしまうという、あまりにももどかしい板挟みの状態……。
 そんなことが今日も繰り返されているキーファー・スクウェアで、不可解な事件が進行しています。スティールジャックと同じような境遇を持つかつてのヴィランたちが、何者かによって殺害される事件が連続していたのです。
 キーファー・スクウェアのなじみの人々によってスティールジャックに持ちかけられたのは、この連続殺人を捜査するために体を張る、私立探偵になることなのでした。……知力ではなく、自分の体を張ることによって汚れた街の犯罪の奥深くへと潜り込んでいくスティールジャックが出会うのは、自分と同じく道を踏み外してヴィランになり、いつしかキーファー・スクウェアに安らぎを見出した者であり……あるいは、かつては輝かしいヒーローの一人でありながら、とあるスキャンダルの渦中で失墜し、孤独に失意の日々を過ごしている者であるのでした。
 キーファー・スクウェアでは、誰もが失意と諦念の中にいます……かつて願った夢や希望は決して叶うことがなく、地べたをはう暮らしから脱するための逆転を狙うには犯罪に手を染めるしかなく、とはいえ、その道をたどってたところで、うまくいくことなどない。歳月が過ぎたあとで自分の内部に蓄積されているのは、過去の人生に対する後悔と、夢も希望もなく生きることへの諦念だけである……キーファー・スクウェアでは、だれもがそのようにして暮らしています。
 そんな街の中で、世間から見捨てられ爪弾きとなった人々だけを狙った連続殺人を捜査するスティールジャックがつかみつつあった真実とは、この街に暮らす人々を一網打尽にする陰謀が進行していることでした。しかしスティールジャックは、独自の捜査の渦中で、誤認され逮捕されてしまうことになります。警察なりヒーローたちなりからすれば犯罪者にすぎない自分の捜査する陰謀そのものが誰からも信じらないという状況で、スティールジャックは、次のように独白するに至ります。


 The people I was hired to save are going to get hurt, and bad -- while I go back inside for trying to help someone.
 守られるためにおれを雇った人々が、被害を受けることになるだろう――誰かを守ろうとしたがためにおれがムショに戻っている間に。



 It shouldn't work that way. It can't work that way. Someone's got to stop it.
 こんな風であってはならない。こんなことはありえない。誰かが止めなければならない。



 I just wish I knew who could. The people of Kiefer Square need a hero, for once.
 おれはただ、適任者を知りたかっただけだ。今度ばかりは、キーファー・スクウェアの人々にはヒーローが必要なんだ。



 But they've got is me.
 しかし、彼らには、おれしかいないのだ。



 天空を舞うのを地べたから見上げるだけだった存在のことを一貫して「エンジェル」と呼んできたスティールジャックは、自分がならなければならないものと決意したとき、初めて、「ヒーロー」という言葉を用いることになったのでした。







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