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アメリカン・ドリームを再発見する――「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」の到達点(上)

 現在の「キャプテン・アメリカ」誌は「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」と「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」の二誌が同時進行で展開しているが、両誌のライターを兼任するのがニック・スペンサー。このニック・スペンサーの仕事はキャプテン・アメリカの歴史にもアメリカン・コミックスの歴史にも残る偉業になりつつあると私は評価しているのだが――一方で、そもそもの就任当初から、ニック・スペンサーのライティングは、普段コミックを読まない層をも巻き込んで大バッシングを浴び続けてきている。それは要するに、「アメリカ人ができれば目を逸らしたい、醜悪なアメリカの現実」を生々しくさらけ出してしまっているからなのではないかと考えている。
 醜悪なアメリカの現実を作中に盛り込みつつアメリカの理念との対立を描くということ自体は、「キャプテン・アメリカ」誌において何十年も前から展開され続けてきたことではあるのだけれど、「別にふだんキャプテン・アメリカのコミックを読んでいるわけではないけれど、キャプテン・アメリカのあるべき姿については何かしら注文をつけたい層」というのがなぜか一定数いて、そういう人々によってニック・スペンサーがボロクソに叩かれ続けているわけだ。
 ニック・スペンサーのライティングによる「キャプテン・アメリカ」は、非読者すらをも含めた多くの層からの攻撃を誘発させずにはいない。そして、それは、このコミックが、最も危険で過激な意味で、現実社会で我々を取り巻く政治性の中枢に踏み込んだものであるからだと思うのだ。……それは、一言で言えば、「政治的な正しさ」の限界を突き抜けたその先にまで赴くことである。
 例えば、これと対照的なものを挙げるならば、近年のディズニーの長篇アニメ作品と比較すれば状況が整理されると思う。……ディズニーのアニメは、多くの場合、まったくもって一分の隙もないまでに、政治的に正しい。そこでは、差別的とみなされる言説は用意周到に排除され、そのコードが厳密に遵守された上で、その枠内で高度なストーリーテリングが展開される。……脚本面での技術的な達成の職人的な評価という意味では、手放しで誉めるしかないようなものが量産される体制が整えられていることが明らかなのだ。そして、作品の全体像が完成してみれば、政治的正しさによって保証された、アメリカの理念のあるべき姿が明確に表現された理想郷がそこにある……。
 しかし、今や、政治的正しさのコードがその全体に張り巡らされ巧妙に統御されたフィクションから周到に排除され、そもそも存在すらしないことになっているものが何であるのかは明らかなのだ。……もちろん、「ドナルド・トランプ的なもの」である。
 有り体に言ってしまえば、ドナルド・トランプ的なものを支持してしまうことは、その人物の弱さと愚かさをさらけ出すことでしかない。しかし、現実には、その種の単にどうしようもない弱さや愚かさが満ちている。単に醜悪な差別意識を大声でがなり立てたい。余所者を排除したい。自分の正当性を無条件に肯定されたい……それらは、あまりにも卑小で平凡な、ちっぽけな悪である。
 そして、どこまでも醜く浅ましいだけで、どこにでもあるゆえにうんざりさせるような平凡な悪は、フィクションには取り込みづらい。政治的に正しい作品の内部で「悪」を司るのは、誰もがそれを「悪」であるのだと認識できる、わかりやすい巨悪でなければならない。……しかし、だからこそ、そのようにして仮構された空間の内部で表現された理想としてのアメリカの理念は、現実のアメリカからはかけ離れたものともなる。アメリカのインテリ層からは単に馬鹿にされていただけの「ドナルド・トランプ的なもの」の浮上は世界的に衝撃をもたらしたが、そのような潮流がドナルド・トランプという固有名と明確に結びつけられるのにも先駆けて、ニック・スペンサーは既にして闘争を開始していたのである。
 どこまでも醜く浅ましく、騒々しい罵詈雑言に満たされた場所としてのアメリカを直視するーーそれも、単に露悪的な現実の告発としててではなく、いまだそこに存在するはずのアメリカン・ドリームを見出すために。このあまりにも無謀な正面突破を敢行してみせた「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」という作品に対しては、正当な評価を下さなければ礼に欠くだろう。……すなわち、これこそが、真に偉大な境地に達したアメリカン・コミックスであるのだ、と。


 ……などと、まずはニック・スペンサーによる現行の「キャプテン・アメリカ」誌への評価を書いてみたのだが、とりあえず、細部がどのようになっているのかを見るために、現状がどのように展開されてきたのかを整理してみたい。
 もともと、ニック・スペンサーがライターに就任して「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」が創刊された時点では、スティーヴ・ロジャースはキャプテン・アメリカの座から退いていた。とあるヴィランとの戦闘の渦中で超人血清の効果を打ち消された結果、本来の年齢ならそうなっていたであろうはずの老人になってしまったのだ。
 この事件を受けてサムがキャプテン・アメリカの座を継承したのだったが……それからしばらくして改めてシリーズを仕切り直した「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」の創刊号は、二十世紀FOXなどの一般のメディアに取り上げられて、大バッシングを受けることになる。というのも、サム・ウィルスンは(個人ではなくあくまでもキャプテン・アメリカとして)特定の政治的問題についても立場をはっきりさせることを表明した結果、不法移民を攻撃する人々との戦闘を展開したからだ。
 実は、そもそも作中では、サムはアメリカ中から大バッシングを受け賛否両論が激しく分かれることが描き出されていたのだが、まさにその通りの状況が現実のアメリカにおいても実現し、フィクションの内部と外部が切れ目なくつながるという、奇妙な構図が成立することになったのだった。
 フィクションの内部のこととしては、その後の展開として、『アヴェンジャーズ:スタンドオフ』が勃発。ざっくり言うと、コズミック・キューブの現実改変能力を利用して収監されたヴィランを洗脳し、平凡な一般市民であると思わせて郊外の平和な街で暮らさせる……という、S.H.I.E.L.D.でマリア・ヒルが密かに進めていた策が破綻。洗脳が解けたヴィランたちが一斉に暴動を起こすという事件だ。
 この事件の渦中で、バッキーやリックやサムのような歴代のスティーヴの協力者たちが事態の収拾を図って奔走する中、コズミック・キューブの力によってスティーヴは若返り、元の姿を取り戻すことになるのであった。
 スティーヴは、シールドはサムに預けたまま、自身もキャプテン・アメリカとして復帰。結果として、キャプテン・アメリカが二人いる状態となり、「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」誌も創刊されることとなった。
 ……で、この「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」の創刊号で、スティーヴが実は以前からハイドラのスパイであったことが発覚し、大騒ぎになってまたもや大バッシングが吹き荒れたわけだが……改めて『スタンドオフ』にさかのぼって読み返してみると、実は、その件の伏線はきちんと敷かれていたことがわかる。
 『スタンドオフ』で登場したコズミック・キューブというのは、正確に言うと、コズミック・キューブのかけらが「幼女の姿をして人格を持った存在」であったのだけれど、実は、コズミック・キューブとして長時間をともに過ごしたレッドスカルになついており、現実改変能力によってスティーヴを本来の姿に復活させる過程で、スティーヴの過去そのものを、レッドスカルによって都合のよいものに変えていたのであった(……念のために書いておくと、この経緯はストーリー全体の中でその伏線も含めてきちんと辻褄が合うように書かれているので、行き当たりばったりに展開を途中で変更しているようなことはありえない)。
 かくして、表向きは元通りのキャプテン・アメリカの姿でありながら、実は、そもそもの最初からハイドラのスパイであったことになったスティーヴの姿が、「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」誌において描かれることになるのであった……。


 ……おおよそ以上のような感じで、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」と「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」の両誌のライティングをニック・スペンサーが兼任する体制はいまだ継続しているが、継続してバッシングを受け続けてきた上に、とりわけ「サム・ウィルスン」の方は、売り上げ面でも順調に降下を続けている。
 もちろん、永年に渡ってキャプテン・アメリカであったスティーヴの知名度こそが、そのような状況を招いているのであろう……だが、両誌をきちんと読み比べてみる限り、あくまでもメインのストーリーが展開されているのは「サム・ウィルスン」の方であり、「スティーヴ・ロジャース」の方こそがサブにすぎないように私には思えるのだ(……まあ、そもそもの最初からハイドラのスパイであることになったスティーヴのストーリーも、それはそれで面白くはあるんですが。なんというか……スティーヴって、もともと戦略家としての高い能力を持つことになってたとはいえ、一本気で直情怪行の人でもあったから、頭脳面ではそこまでめだってはいなかった。しかし、ハイドラのスパイとして、手段・方法を選ばず各方面で知略を用いて暗躍し始めた結果、もはやバットマン並みの脅威になってますな……)。
 コズミック・キューブによって現実が改変され(という設定自体はあまり流布しなかったのだろうが)スティーヴがハイドラのスパイであったことが明らかになった結果、キャプテン・アメリカの本質が損なわれたと感じた人々は、このコミックへの大バッシングへと走った。……しかし、むしろ、キャプテン・アメリカの本質をいったん解体するというまさにそのことこそが、ニック・スペンサーが語ろうとしているストーリーの骨子なのである。
 ……それは、一言で言ってしまえば……現在のアメリカ合衆国とは、スティーヴ・ロジャースがキャプテン・アメリカであるのに値するものではないということだ。
 現在のアメリカ合衆国の現状は、あまりにも醜悪すぎる……その現実を冷徹に描き出そうとするとき、アメリカの建国以来の理念を強固に信じている人物を、醜く浅ましい現実と格闘する視点に据えることができるだろうか。
 あるいは、そのことは、こう言い換えることもできるーースティーヴ・ロジャースという男は、アメリカン・ドリームを再発見することは決してできない、なぜならば、彼の内からそれが根本的に失われることは絶対にありえないからだ、と。
 だからこそ、「キャプテン・アメリカ」というコミックを通してアメリカを語るために必要なのは、アメリカの理念について確信を持つことができず、醜い現実との間に板挟みになり、揺れ動き続ける人物であるのだ。スティーヴ・ロジャースの内部からキャプテン・アメリカとしての人格が失われてしまった状況だからこそ、サム・ウィルスンが、キャプテン・アメリカとは何であるのかを再発見しなければならないということだ。
 かくして、サム・ウィルスンの冒険は、アメリカの暗部をひたすら直視し続ける悪夢となる。不法移民の排撃者・レイシストと戦いコミック外からすらも叩かれたサムは、しかし、アメリカの闇の奥へ奥へと突き進む。サムは時にはウォール街に喧嘩を売り、また時には(ちょうど現実のアメリカで起きた事件をダイレクトに参照した)警官による差別も絡んだ暴行事件へと対処を迫られる。あるいは、『シヴィル・ウォーⅡ』のタイインとして、本編で勃発した事件の一因となったローディの死を、あくまでも「黒人ヒーローの死」ととらえ、ローディの葬儀を通して黒人ヒーローコミュニティの内部の有様を描き出すところなども、圧倒的にすばらしい(……まあ、これについては、本編の方がアレだということもありますが……)。
 ……そして、これらのエピソードは、現実を参照しているがゆえに「リアル」であるのでは、必ずしもない。これら全てのストーリーを、ニック・スペンサーは、頑固なまでに徹底して、マーク・グルーエンウォルドがライティングを担当していた時期の「キャプテン・アメリカ」からのサンプリングのみによって構築していくのである。


 ここにあるニック・スペンサーのあまりにも強烈な姿勢は、創刊号の時点でFOXニュースからぶつけられた非難に対する、はっきりとした答えにもなっているだろう。……FOXニュースで、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」を批判的に取り上げたその最後のまとめの言葉として、一人のコメンテーターが「コミックで政治を語るべきではない」と述べたのだ。
 これは、日本でもしばしば耳にするクリシェであるだろう。……しかし、冷静に考えてみれば明らかなことだが、たとえ純然たるフィクションであろうとも何らかの形で現実社会の文化・習慣・言語などを反映しなければ成立しない以上、政治性を完全に排除することなどできるはずがないのである。……つまり、「フィクションに政治を持ち込むな」と主張する人間は、「自分にとって都合のいい政治性」「自分にとって自然に感じられる政治性」は無意識の内に免除して、「自分にとって都合の悪い政治性」の存在そのものを排除しようとしているわけだ。
 「フィクションに政治を持ち込むな」というのは、それ自体があまりにも政治的な、現状追認をなすイデオロギーである。そして、ニック・スペンサーがとるのは、これとは正反対の態度だ。……すなわち、自分が子供の頃から読み込んできたコミックをサンプリングし、読み直し、語り直すということ自体が、そのまま同時に、現実の政治を語ることでもあるということだ。「コミックを読むこと」が現実社会の中で起きている一つの行為であるならば、それもまた一つの政治なのである。


 ……とはいえ、現実のアメリカの暗部を取り込めば取り込むほど、サムの置かれる立場は、ひたすら絶望的なものになっていくことにもなる。
 サム・ウィルスンの破滅をもくろんで暗躍することになる勢力が非常に狡猾なのは、サムの殺害は決して企んでいないということだ。サムを殺害することとは、サムを殉教者にすることである、死者としてのキャプテン・アメリカ=サム・ウィルスンは、誰もが安心して信じることのできる対象に変わってしまう。キャプテン・アメリカの破滅とは、生きながらにしてその名誉が地に落とされることなのだ。


 --so let those forces tear him apart. Let them expose themselves for what they are and show the lies all of this "freedom" is built on.
 ならば、それらの勢力の狭間で、彼を引き裂かれるがままにすればよい。連中が自分の正体を自らさらけ出すがままにし、この「自由」なるものが依って立つ嘘をも、自ら示させればよい。



 They'll break Captain America--
 連中は、キャプテン・アメリカを打ち砕くだろう――



 --and the country will break with him.
 ――そのとき、この国もまた、彼とともに打ち砕かれるのだ。




 ……自らがキャプテン・アメリカであることに確信を持てない人物を、生きながらにして失墜させること。個人としてのサム・ウィルスンではなく、「キャプテン・アメリカ」というイメージの方をこそ抹殺することが、アメリカ合衆国への真の打撃となる……。
 サム・ウィルスンの、アメリカの闇を見据える旅には、出口などないように思えるーーしかし、そんな渦中で突如として現れたのが、あの奇跡的な15号なのであった。


               (続く)







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コメント

はじめまして
原書のほうは爺期の「老いたアメリカの理想」という切口がタイヘン気に入っていたので若返ってから興味が持続せず
なんなら「現実改変能力あるなら、もっとデカいことしろよ!しょっぺぇなレッドスカル!!もっとデカいことしてお前の理想を実現しろよ!お前はもっとデカい野望があったんじゃないのか?なんだその同人誌みたいな展開!」と購読を辞めてしまってたのですが記事を読んでサムを主体として読んだら面白いのかと気づかされました
ありがとうございます
次の記事も楽しみにしてます

Re: タイトルなし

> ちどりさん

 はじめまして。

> 原書のほうは爺期の「老いたアメリカの理想」という切口がタイヘン気に入っていたので若返ってから興味が持続せず
> なんなら「現実改変能力あるなら、もっとデカいことしろよ!しょっぺぇなレッドスカル!!もっとデカいことしてお前の理想を実現しろよ!お前はもっとデカい野望があったんじゃないのか?なんだその同人誌みたいな展開!」と購読を辞めてしまってたのですが記事を読んでサムを主体として読んだら面白いのかと気づかされました

 あれ? 今回の現実改変はコズミック・キューブと言っても「コービック」という独自の人格を持った存在が原因なので、誰か特定個人の願望がそのまま反映された現実改変はそもそも無理だったのでは? 「レッドスカルおじさんとスティーヴさんが仲良しの世界だったらいいな~」というのは、コービック自身の願望なので……
 どの勢力も、コービックを完全にコントロールできずに振り回されるところは延々描写されてたので、むしろキューブの「何でもできちゃう感」を抑えた上で辻褄を合わせた、うまいライティングだと私は思っていたのですが……。

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