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フランク・ミラーの『ダークナイト3:マスター・レイス』とアラン・ムーアの『プロヴィデンス』が、このタイミングで未完結であることについて

 最近のアメリカの情勢はと言うと、事前に全く予測できなかったほどの激動の渦中にある今日この頃ですが……ふと、そんなアメリカにおいて現在進行形でのコミック業界の状況と照らし合わせてみて、その符号にちょっと驚いてしまったことがあるのでした。

 と、言うのも……フランク・ミラーが『ダークナイト』シリーズの完結編とするという『ザ・マスター・レイス』、それにアラン・ムーアの長篇コミックとしては最終作になるらしい『プロヴィデンス』……この両作が、ともにそろって、刊行ペースが延び延びになっていた結果、現時点で未完結なのです。

 両作ともに、完結は来年前半が予告されてはいるのですが……この人たちのこれまでの仕事を考えるにつけ、間違いなく、アメリカの現状を踏まえて作品内容を変えてくるのではないかと思われます。

 ……やっぱりこの人たちは、何らかの宿命の元に生まれているのではないかと思えてくるのですが……もともと、80年代にアメリカン・コミックスの世界を刷新した二大巨頭たるこの二人は、同時代の政治的状況を堂々と作中に盛り込んでいた人々なのでありました。

 そして、フランク・ミラーの場合で言うと、『ダークナイト・リターンズ』の続編『ダークナイト・ストライクス・アゲイン』は、刊行中に2001年の同時多発テロが勃発していたわけです。そして、第三作となる『マスター・レイス』が、よりによって、今年のこのタイミングとは……。

 『マスター・レイス』の既に出版された部分を読む限りで言うと、まあ大方の予想通りというか、「『DK2』以上『DKR』未満」というところに収まっている感じがします。……しかし、作品としてのトータルの出来映え以上のこととして、これを読み進めながら私が感じていたのは、そのあからさまなまでの生々しさであるのでした。

 というのも、作品の冒頭あたりから既に、そもそもこの作品の刊行が予告された時点では勃発していなかったアメリカの現実でのとある事件がストーリー展開に大きく結びついて語られているのです。……つまり、出版を予告してから実際の出版までの間に、現実社会の情勢に照らし合わせて作品内容が書き換えられていたことが明らかなわけです。

 もともと私自身は『ダークナイト・リターンズ』は90年代になってから、「既に評価の定まった古典」として読んだもんで、そこに描かれている「80年代のアメリカ」の姿をも含めて、あくまでも回想する視点でのみ接していました。一方、『ダークナイト・ストライクス・アゲイン』は、現実世界が反映されているとは言え、作品世界そのものはシュールなまでにぐちゃぐちゃなので、そのリンクは実感しづらい……そういう意味では、今回の『マスター・レイス』を同時進行で読み進めることで初めて、「同時代のアメリカとダイレクトに向き合うことこそ、フランク・ミラーの『ダークナイト』なのだ」と実感できたという部分があります。

 そもそも共和党の大統領候補になる以前から、ドナルド・トランプもバリバリ作中に登場してましたし……最近のミラーの政治的スタンスからすると意外であるゆえに非常に印象的であったこととして、トランプは明確にバットマンの「敵」として描かれています。ブライアン・アザレロやアンディ・キューバートなどの優秀なスタッフが脇を固めて制作しているために作品としてのまとまりはかなりキッチリ保たれているのではありますが、それでもなお同時代性と取っ組み合って混沌としていくその先にあるものは、なんなのか。……まあこれに関しては、『ダークナイト・リターンズ』を越えることはまずありえないとは思いますが、その行く末を見守りたい次第であります。





 一方で、アラン・ムーアはと言うと……これはもう、はっきり書いといた方がいいでしょう。現在進行中の『プロヴィデンス』は、未完結の段階とはいえ、ムーアの過去の仕事と比べてその価値を測定しようとするのは根本的に間違っていると思われます。既に現段階で、『ウォッチメン』も『フロム・ヘル』も完全に過去のものになったと言えるでしょう。『プロヴィデンス』こそが、アラン・ムーアの最高傑作です。少し前に、ムーアがこれでコミックを引退するというニュースが流れましたが、私には意外でも何でもありませんでした。……だって、そもそもコミックという媒体でこれ以上のことをやるのは、もうどう考えても無理ですもん。コミックそのものの限界点ですよ、これ。そういう意味では、この作品は人類全体のコミック史上最高傑作でしょうし、当分の間は塗り替えられることはないでしょう。

 ……とはいえ、コミックという媒体そのものの特徴を限界点まで酷使するような作品である以上、誰にでも気軽に読み解けるようなものでは全くありません。各号が参照しているラヴクラフトのそれぞれの小説を読んだ上で、丹念に両者の異同を照らし合わせることを前提としなければそもそも読めないですし。ラヴクラフトが既に一度小説として言葉で語ったことを改めてコミックで表現し直すことによって生まれる視差が、ラヴクラフトの小説に対する読み直し・再検討になっている……言い換えれば、コミックという媒体でありながら、先行作品に対する批評・研究の類になっています。

 例えば、ラヴクラフトが自作の中で登場させた「カバラの歴史についてパンフレットを書いた人物」に言及する際には、アラン・ムーア自身がそのパンフレットを復元して実際に書いてみて参考資料として作中に挿入し、ヨーロッパ文化史の中でのカバラの歴史とラヴクラフトの小説との相関関係が探られることにもなる……などというような目も眩むことが、全篇に渡って展開されているわけです。そんな、恐ろしく精密に構築された作品によって、欧米の文学史の、従来の通説とは異なる根本的な書き換えが検討されるわけですが(例えば、ラヴクラフトの先行者としてユイスマンスの位置づけが検討されることにより、ユイスマンスのオカルト方面への傾倒がそのキャリアの上でむしろ必要不可欠であったことがきれいに説明できてしまえたりする)、この方向性自体は、近年の文学研究の動向とも一致している……というか、ムーアはこういうことをだいぶ前からやっていたので、ムーアの方こそが世界の文学研究に先駆けていたことになります。

 そして、ラヴクラフトの文学史上の位置づけが検討されることが、そのまま、ヨーロッパの文化史の全体像へのヴィジョンとなり、いかにしてそこからアメリカが分岐されたのかが追求される……ということは、現時点で完結していない『プロヴィデンス』という作品が、激震に見舞われつつある「アメリカの現実」との対峙を避けるようなことはないのではないかと思われるのです。





 80年代におけるアラン・ムーアの登場以降、アメリカン・コミックスの世界において、ライティングの質が劇的に向上したのは確かなことです。……結果として、もはや現在のこの業界では、「巧みなストーリー手リングの技術を持っている」こと自体は、とりたてて珍しいことでもなくなりました。

 そして、特に今年のトレンドとして感じられたのは……単に自分が考えたフィクションを閉じた世界の中で完璧に構築しきることではなく、自分が考えたとおりには語りきることができない現実世界に、ストーリーテリングの技術を駆使してなんとか取っ組み合うということなのでした。……と言っても、これは何も、単に時事的なネタを盛り込んだストーリーテリングを展開するということではなくて、ストーリーを展開するのと同時進行で起きている現実の状況を常に参照しつつ、その状況の変化に合わせてストーリーへのフィードバックを同時進行でやり続けるという、言ってみればインプロヴィゼーションのごときストーリーテリングが、一つの重要な潮流となっているということです。

 そんな状況で、改めてフランク・ミラーとアラン・ムーアの両名の存在感が出てきてしまったのは非常に興味深いところではありますが、今の業界の現場で活躍する人々の中からも、こういう傾向に則った上での優れた仕事は出てきています(……もちろん、ことアラン・ムーアの場合には、現実社会の状況を反映しつつも、同時にフィクションとしての完成度も完全無欠なまでの精密さを誇るということが、そもそも『ウォッチメン』の時点で成し遂げられていたわけではありますが)。

 その最も顕著な例が、ジェフ・ジョンズによる「DCユニヴァース:リバース」でしょう。あの作品は、現実世界に対するあからさまな言及を含む一方で、ストーリー自体は完結せず、伏線とおぼしきものも回収されず投げっぱなしのままになっています。つまりあれは、現実世界の反応を見た上で、それを取り込んだ上で続きを語ることがあらかじめ折り込み済みの企画であるように思えるわけです。

 まあもちろん「DCユニヴァース:リバース」自体は今年のアメコミ業界全体の看板のようなものなわけですが……一方で、現時点であまり注目されていなさそうであるにもかかわらず、既に、間違いなくアメリカン・コミックスの歴史に残る偉業が成し遂げられつつあるのです。ニック・スペンサーによる「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」です。ニック・スペンサーのライティングによるキャプテン・アメリカというと、初っぱなから(非読者の早とちりによる)大バッシングを受けた「キャプテン・アメリカ:スティーヴ・ロジャース」の方こそが、良くも悪くも注目を受けているのだと思いますが……はっきり言って、現行のキャプテン・アメリカ関連の中心は、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」誌の方にこそあるのです。

 もともと、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」誌の方も、大バッシングとともにスタートしました。もちろん、マーヴルによるこの企画自体は、「黒人ヒーローによるキャプテン・アメリカの継承」という、ポリティカル・コレクトネスへの配慮から出発したものだったでしょう……しかし、ニック・スペンサーは、現実世界でそのような立場に置かれた人間が受けるであろう反応をそのまま作中に盛り込みます。そして、サム・ウィルスンに、現在のアメリカが抱える社会問題に、革新的な立場から堂々と政治的発言をさせます……このことによって、極めて生々しい内容を持つことになったコミックが、アメリカの保守層からの大変なバッシングに晒されることになったのでした。

 では、その後の「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」の展開がどうなったのかというと……ニック・スペンサーが萎縮するようなことは全くなく、ふつうであればなるべく語るのを避けるであろうようなこと、余りに根深い問題であるゆえにできれば自分のスタンスを明らかにしたくない人が多数であるようなことへとばかり、ガンガン突入し続けているのです。

 そして、アメリカの暗部、その闇をあくまで直視し続けることによってそこを突き抜け、それでもなおアメリカをアメリカたらしめている、その根っこの部分になんとかギリギリ残っているアメリカン・ドリームの再発見にまで到達することになったのです。……これは、例えばアメリカ文学においても、ごく一握りの作品しか到達しうることのない境地です。

 そういう意味では、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」は、

既に『グリーンランタン/グリーンアロー』を越えています。売り上げ不振による路線変更を強いられて、そのシリーズの語るべきことを最後まで語りきれなかったからだとはいえ、『グリーンランタン/グリーンアロー』は、単にアメリカの闇を描くことだけしかできなかったわけですから。

 正直なところ、個人的には、もうアメリカン・コミックスについて現状を整理したりその都度の自分の考えをいちいち書き留めておくようなことはしないでいいかなとも思っていたのですが……「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」という作品こそが、どれほどのバックラッシュの中でも、自分の言いたいことを徹底して貫く人間だけがたどり着ける場所を改めて示してくれたという思いがしています。そして、まさにこのような作品があるからこそ、アメリカン・コミックスは読むに値するのだということも。

 ……ということですので、次のエントリでは、改めて、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」について書いてみたいと思います。













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コメント

どうも Howard Hoaxさん。今年も数えるほどになりましたが、いかがお過ごしでしょうか。私としましてはまだまだ未熟者であなたの知識力と考察力に驚かされるばかりです。

誰にでも気軽に読み解けるようなものでは全くありません


……もうここまできたら、 Howard Hoaxさんが電子書籍でアランムーアの今までの仕事を含めた解説本を販売してほしいですね……。
(あと、個人的には体系的に文学を理解を深めていける本とかも販売してくれたらいいなぁって)
 出来た場合は本の価値は万円単位になるんじゃないですかねぇ?

そういう意味では、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」は

自分はようやくアメコミを読み終えた数を200を超えた新参なのでエド・ブルベイカー期のキャプテンと一緒にサムウィルソンを読み進めてたんで、「あ、政治的な問題に全力で突っかかてるなぁ~」と軽い気持ちで読んでいました。Howard Hoaxさんの前回のエントリ”アメコミ関連で最近考えたこと”でも触れてなかったので「これがキャプテンの平常運転かー」という気持ちでした。
……けど、思った以上にものすごいことを成し遂げてたんですね。
次回のエントリ楽しみにしてます。

最近のアメリカの情勢はと言うと、事前に全く予測できなかったほどの激動

やっぱり Howard Hoaxも今の情勢はかつてない状況だと考えてるんでしょうか? 自分は今の世界情勢をみるとなんとなくHoward HoaxさんがむかしかいたA村とC村の話を思い出しましたね……

では、良い年末を!

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