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私が愛したバリー・アレン――ドラマ「フラッシュ」を讃える

 ドラマ「フラッシュ」のシーズン1を視聴し終えたの自体はだいぶ以前のことなのですが……しかし、このドラマについて何を語るべきなのか、考えあぐねておりました。
 だってですよ、アメコミヒーローの中でも特に自分が大好きなキャラクターの一人が、果てしなくどこまでも深い愛とリスペクトの元に実写化され……なおかつ、原作コミックからもってきた無数の要素を現代のストーリーとして違和感なく語り直すために念入りに工夫がなされることによって、原作ファンとしては各話ごとに毎回々々顔をほころばせ続けつつも、何の予備知識もない視聴者にとっても興味深く見続けられるであろうという、奇跡的なまでに配慮の行き届いた処理がなされているのです。
 そんなドラマに対して、原作ファンとしてはどうしても過剰な高評価を与えかねないことは、重々承知しております……だからこそ、そのことをきちんと肝に銘じた上で、このドラマを的確に評する文章を書こうとしている以上、極めてニュートラルに、冷静かつ客観的な評価を下さなければならないのです。ファンとしての興奮によって我を失うようなことは、あってはなりません。……以上をふまえた上で、あくまでも冷静な観点から言わせていただきますと、これ、人類史上最高のドラマじゃないですかね。
 ……いや、だってですよ!? 全体のプロデューサーが我らがジェフ・ジョンズであるわけですよ。そして、そのジェフが「フラッシュ」に対してどのような態度を取ってるかと言えば……「おれ、「フラッシュ」なら全部コミックブック版で持ってるぜ~!」とか言ってるわけですよ。
 これがどういうことなのかよく知らないと、「あっそう」ですませてしまいそうなもんですが……ちょっと待ってくださいよと。「フラッシュ」は既に七十五年の歴史があるわけですから、連載開始当時の初出のコミックブックなんつーもんは、むちゃくちゃなプレミアがついておるわけですよ。1940年代の「フラッシュ・コミックス」を全部購入するとして、ミント状態であればゆうに百万ドル以上はするわけです(逆に、全部最低のコンディションであったとしても、十万ドル以上はかかるはず)。幼い頃から「フラッシュ」読者であった、そんな人物が、長じて「フラッシュ」のライターになり、全部合わせれば十年近い期間もの間、担当を務める……というか、よくよく考えてみればおかしいぞと。「フラッシュ」誌をコミックブック版でコンプリートしたと言っても、ライターとして無名時代にはそんなにお金があるはずがないから……もしかして、ジェフ、「フラッシュ」のライティングで稼いだお金を、「フラッシュ」のバックナンバーを買い集めるためにつぎ込んでた……!?
 そんな、自らの身を「フラッシュ」無限地獄に沈め、フラッシュのために人生を捧げたほどのアメコミバカが、満を持して「フラッシュ」のドラマ版のプロデューサーに就任した次第であったわけなのであります。……しかし、いざ完成した作品を見てみると、「フラッシュファンによる、フラッシュファンのためだけに向けられた作品」ということにはならず、もともと熱心なフラッシュファンである視聴者も、フラッシュのことを初めて知るような視聴者も、ともに共存できる……そのような環境が実現できるために、最初から複数の視点による解釈が可能であることがあらかじめ盛り込まれた、多面的な作品になっていたのです。


 ドラマ「フラッシュ」は、ふとしたことがきっかけで「超高速で動けるようになる」という特殊ではありながらも単純明快な能力を手にすることにあった、バリー・アレンという人物が、若く未熟ではありながらも、ヒーローとなり徐々に成長する姿を最初から描き出しています。したがって、当然のこととして、バリー・アレンのことを何も知らない視聴者の視点に寄り添うことが、作品のそもそもの大前提になっているわけです。……そして、このドラマは、単に一人の若者が様々な困難を乗り越えていく成長譚としてのみ見たときも、異常なまでにできがよいのです。どこでにでもいそうな平凡だが善良な若者が、分不相応なスーパーパワーをふとした弾みで手に入れてしまったらそうなるであろうようなこと……若者の若者としての逡巡や苦悩や喜びが、その繊細な感情の揺れ動きの全てが巧みに活写されているのです。
 しかし、その一方で、我々「フラッシュ」読者は、バリー・アレンという人物の来歴を、既にあまりにも知り過ぎています――そこで描かれているのがどれほど若き日々のオリジン・ストーリーであろうとも、バリー・アレンとはいつの日か真に偉大なヒーローになる男であることを当然の前提とみなし……そして、その後の人生の過程で数多くの悲劇的な出来事に見舞われ、その都度それを乗り越え、そして最後には、世界を救うために自分の命を犠牲に捧げる……。
 たとえそれが、バリー・アレンの最初の日々の物語であったとしても、「フラッシュ」の読者は、全てを知ってしまったその後の視点、バリー・アレンについて語られるべきことは何もかもが語られてしまった事後的な視点から、回想する形でしかその物語に接することはできません(……まあ、そんなバリーも、さらにその後には生き返っちゃったわけですが……)。そして、このドラマの製作者の側はそんなことは百も承知であるからこそ、作中での現実の水準において、全てを知ってしまった事後的な状態で若く未熟なバリーに接する、そんな視点までもがあらかじめ織り込まれてすらいるわけです。
 そんなことを考えるにつけ、ヒーローコミックの実写化において、これほど巧みに原作を利用した例は、ちょっと思いつかないくらいなのです。バリー・アレンのみならず、ウォリー・ウェストやバート・アレンがフラッシュを襲名していた時期も含め、膨大な量の「フラッシュ」誌からの引用が敬意をもってなされたその上で、このドラマ独自のストーリーを構築するように絶妙にシャッフルされているため、ひたすら「フラッシュ」のコミックを読み込んできたような読者でも、先の展開を読めないように作り込まれています。……例えば、第1シーズンの黒幕がリヴァース・フラッシュであることは「フラッシュ」読者ならすぐにわかるのですが、「リヴァース・フラッシュの容疑者」がわざわざ二人設定されているため、結末までわかってしまうようなことはないのです。
 ついでに言うと、ドラマ版のオリジナルな要素の多くも、大変素晴らしいものです。例えば、S.T.A.R.ラボの研究員としてバリーをサポートするシスコとケイトリンの二人にしても、既存のコミックキャラクターから名前が取られているとはいえ、実質的にオリジナルのキャラクターであるでしょう。……で、特にシスコですよシスコ! ヒーローコミックの実写化というと、つべこべ言って原作のテイストから離れて「まあなんとか現実にもありそうな、リアルと言ってもおかしくない」くらいの無難な落としどころを目指すようなことがよくわるわけですが、このドラマの場合、ヒーローもののベタなあり方が大好きなシスコがノリノリでコードネームやらコステュームやら秘密メカやらをガンガンぶち込んでくるのがサイコーです。……さらには、バスター・キートン大好きッ子である上に、人類全体が滅びるかもしれないようなヤバい事態で、いきなりダグラス・アダムズの小説を引用したりするわけですから……うう、シスコーッ! 好きだーーーッ!!! (……しかし、それにしても……シスコもケイトリンも実質的にはドラマのオリジナルキャラだと私は思ってるんですが、ケイトリンが本当にキラーフロストちゃんなんだとすると、それはそれで、なんだかこみあげてくるものが……。そりゃあ、このドラマの中でもケイトリンは結構酷い目に遭ってますけど、それでも、本来のその身に起きるはずだったことと照らし合わせると、「ケイトリン、あんた、ホンマによかったなあ……」などとしみじみと思ってしまうのです。あと、シスコも名前の元ネタはヴァイブにあたるわけですが、ジェフ・ジョンズがNew 52で「JLA」を担当した際、ヴァイブって、「しょうもない三下ヒーローだと思われているものの、実は、フラッシュとスピードフォースの影響関係に干渉しうる可能性を秘めている唯一の人物」ということにしようとしてたんですよねえ。そんなキャラの名前をわざわざフラッシュのドラマに持ってきたってことは、ジェフ的にはなんらかの思惑があるのかもしれません)
 ……なんだか取り乱してしまいましたが、以上のように異常なまでの手厚い配慮をもってこのドラマが作り込まれていることは、新規の視聴者の視点と長年のフラッシュファンの視点とが単純に共存できるというだけの話ではありません。それだけではなく、最初のオリジン・ストーリーが既にして二度目の回想でもありうるというその二重性自体が、バリー・アレンという人物の本質なのであり……このドラマのシーズン1全体を通して、作品全体で追求された骨子となってすらいたのです。


 では、バリー・アレンという人物の本質とは何なのか。……それは、彼が、反復とともに生きるしかない人物であるということです。
 DCコミックスの擁する無数のキャラクターの中でも、トップクラスに位置することは確かではありながらも、スーパーマンやバットマンと同格であることは絶対にないヒーロー、それがフラッシュです。したがって、「フラッシュ」誌はほとんど切れ目なく刊行され続けてきたものの、スーパーマンやバットマンのように、切れ目なく続く本編と別枠の番外編としてオリジナルストーリーが刊行されるようなことは、ほとんどありませんでした。
 レギュラー・シリーズの刊行が打ち切りになったり継続になったりして安定しないほどの不人気でもなければ、思い切って設定を変えたオリジナルの番外編が単発で刊行されるほどの人気でもない……ちょうどそのような程度の位置にあるのが「フラッシュ」です。結果として、時代ごとの移り行きはありながらも、同工異曲のストーリーが何十年にも渡って毎月毎月途切れることなく刊行され続けてきたわけです。
 バリー・アレンという人物には、クラーク・ケントやブルース・ウェインがそうであるほどの特殊性や人気やカリスマ性はありません。だからこそ、彼の人生は、絶え間なき反復の内にある……ちょうど、我々読者の大半の人生がそうであるように。毎日がほとんど同じことの繰り返しであり、常軌を逸したそれぞれに特殊な事件が頻発し、波瀾万丈にして不規則な生涯が展開されることなどありえない。
 我々の多くが絶え間のない反復から抜け出ることがほとんどありえないのと同じく、バリーもまた、そのような反復から抜け出ることはありません。したがって、バリー・アレンのストーリーを語ることになった者がまず最初に求められるのは、とらえようによってはただのマンネリでしかない、この反復を肯定できるかどうかということなのです。
 新たに「フラッシュ」誌のライティングを担当することになった者は、しばしば、何十年も積み上げられてきたマンネリにしか思えない定型から外れ、自身のオリジナルな着想を展開しようともします――しかし、熱心な「フラッシュ」誌の読者であれば、直近二十年ぶんくらいのバックナンバーは全て読んでいるような状態がむしろふつうなのです。それでもなお毎月必ず「フラッシュ」誌を読み続けるのはなぜかと言えば、毎週同じ定食屋に通って同じ昼食を食べるかのように、既にして習慣づけられた行為になっているからです。そんな、同じメニューであるからこそ食べ続けることができる客に対して、中途半端に自分の独創性を発揮した創作料理を提供するような料理人は、客がどのような状況でどのように食事しているのかを考えたことがあるのだろうか、ということなのです。その独創性に自己満足はできるかもしれない料理は、しかし、毎週飽きずに食べ続けることのできるものなのか、と。


 そのような意味では、ドラマの「フラッシュ」の最も重要なポイントは、各話の冒頭がバリー自身によるモノローグで'My name is Barry Allen. I'm the fastest man alive.'と始まることにこそあります。「フラッシュ」誌を読み続けてきた読者であれば――そこで語られる固有名詞や、細かい表現にわずかな変化こそあれ――このモノローグを、それこそうんざりするほど何度も何度も何度も何度も目にしてきたわけです。そして、そこで語られるものが定型の内にあるからこそ、新しく始められたドラマとしてゼロから語られているはずのストーリーが、同じモノローグによって語られた、我々自身の記憶の内にある無数のフラッシュのストーリーと一挙に連結され、もう自動的に涙腺がうるむような事態になってしまっているわけなのです(……そういう意味では、コミックの方でも、『リバース』を経て新たに「フラッシュ」誌のライターに就任したジョシュア・ウィリアムスンは、このモノローグを復活させてくれたので、私としては既に信頼しています。と、いうかですね……この人、もともと熱心な「フラッシュ」読者で、ジェフ・ジョンズがライターだったころにわざわざ会いに行って、ジェフジョンフラッシュがいかに素晴らしいかを熱心に告げていたような人らしい……おい、ちょっと待て……もしかして、君らは、バリーとウォリーなのか……?)。
 単なる凡人に過ぎないバリー・アレンのストーリーは耐えざる反復の内にある、だからこそ、そこにある反復を小手先の独創性で誤魔化したりなかったことにするのではなく、マンネリをマンネリとして受け入れ、反復がそこにあることを認めることによってしか、バリー・アレンという人物について語り始めることはできないのです。
 バリーの生きる生の条件として、大いなる反復の内にいるしかないことは、あらかじめセットされてしまっています。……だからこそ、第1シーズンのクライマックスにおけるバリーは、タイムスリップによって文字通りにループする生の中を生きる羽目に陥ることになるのでありーー結果として、初めてバリー・アレンという人物に接することになった視聴者ですら、初めて目にするストーリーでありながらも同時に二度目のこととしてバリー・アレンの生涯に立ち会うことになる、言い換えれば、バリー・アレンの生涯をその終わりから振り返って回想する「フラッシュ」読者の視線に合流し、そこにある二重化された世界を見ることが可能になるわけです。
 これは、逆に言えば、バリー・アレンの物語に最初に接する人間は、そのそもそもの始まりの時点から、バリーの二重化された生、反復される時間を共有できるわけではないということになります。……ならば、そのそもそもの最初に語られたパイロット版、'My name is Barry Allen. I am the fastest man alive.'という言葉が多くの視聴者にとっていまだいかなる意味をも持たない最初のエピソードにこそ、視聴者がバリーの本質を知らぬままにドラマ自体と別れてしまう危険が潜んでいることになります。
 しかし……いざそのような観点で改めてパイロット版を振り返ってみると、このパイロット版だけでも、バリー・アレンの本質が初見の視聴者にも伝わるように、周到に構築されていたことがわかるのです。冒頭において語られる、バリーの幼少期の出来事――自宅が不可思議な何者かによって襲撃され母親が殺害された事件の渦中で、父親は、バリーに対して'Run, Barry. Run!'と叫ぶことになりました。もちろんそれは、幼く弱いバリーに対して「逃げろ」という以上の意味を持つ言葉ではありませんでした。そして、時が過ぎた作品が語る現在時、パイロット版のクライマックスにおいて、幼少時のあの事件と類似する状況に置かれることになったバリーに対して、再び、'Run, Barry. Run!'という言葉がかけられることになります。
 極めて類似した二つの状況下において、同じ人物に対して向けられた、同じ言葉――その言葉が、全く同じ言葉が反復されたものであったからこそ、何もかもが変わってしまっていることがわかる。凡庸な人生が反復の繰り返しでしかないことをいったん受け入れるからこそ、完全に同じことの反復が、それでもなお全く異なる意味を持ちうることを示し、その内部に、バリーの変容、その成長を刻み込むこともできる。……バリー・アレンという人物が何者であるのかを示すためには、ただそれを描くだけでよかったのです。








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コメント

フラッシュ素晴らしいですよね。
Howardさんのように詳しくはないですがフラッシュ好きとしても只の映画好きとしても楽しいです
シスコとケイトリンもいいけど、アイリスの親父もめっちゃいいキャラじゃないですか?彼もほぼオリキャラですよね
アイリスがイマイチ、ぱっとしませんが今後にも期待しています

それにしてもジェフ・ジョンズの「フラッシュ全巻持ってるぜ」は凄い台詞!笑

Re: タイトルなし

> 01さん

 あ〜、ジョーもいいですね〜! 原作から引いてるところとオリジナルのところが全部マッチしてるのが素晴らしいですね〜。
 アイリスはなんか評判悪いみたいですけど、最終的にバリーとくっつく前提でドラマ作ろうとしたら、「幼なじみなので近すぎて恋愛感情がわかない」という形で距離を作ったのはむしろうまいと思うんですよね〜。バリーとアイリスがくっついたあとで話を続けようとしたら、アイリスを殺したり未来に飛ばしたりするしかないのよ!? っていうね……

はじめまして。
いつも楽しく読ませてもらっています。

シーズン1ラストの決断にとても感動したんですが、続くシーズン2のラストの決断は未だ納得というか咀嚼できないでいます、、、
いつかHowardさんのシーズン2のレビューも是非お願いします!

Re: タイトルなし

> rxさん

 はじめまして。僕はシーズン2の最後まではまだ見てないんですが、シーズン3がアレだということを耳にするので、ということは、シーズン2のラストだとバリーはアレをやっちゃうってことですよね……。しかしそうなると、それに関しては、シーズン3のラストまでいかないと評価に結論を出せないような気もします……。
 また、それとは別に、以前からず~っと続いていることなんですが、「なぜか自分がアメコミファンであり原作のことも知っていることにしたがるアメコミ映画ファン」からの嫌がらせの類にほとほとうんざりしてもいるので、もう、アメコミの実写か作品については語ることはないかもしれません。

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