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ヒーローであることの継承――『フラッシュ:ザ・リターン・オヴ・バリー・アレン』

 最近たまたま、90年代にマーク・ウェイドがライティングを担当していた頃の「フラッシュ」誌を読み返していたので、その中でも代表的なアークの一つである『ザ・リターン・オヴ・バリー・アレン』を紹介してみようと思います。






 『フラッシュ:ザ・リターン・オヴ・バリー・アレン』(TPB)


  ライター:マーク・ウェイド
  アーティスト:グレッグ・ラローク、サル・ヴェルト


 さて、「フラッシュ」第2シリーズの74号から79号にかけて展開されたのが、この『ザ・リターン・オヴ・バリー・アレン』です。
 このアークが始まるまでの状況をざっと整理しておきますと……『クライシス・オン・インフィニトゥ・アース』の終盤においての二代目フラッシュことバリー・アレンの戦死にともない、キッドフラッシュとしてバリーのサイドキックを務めていたウォリー・ウェストが三代目フラッシュを襲名した出来事があり、それを受けて始まったのが、「フラッシュ」第2シリーズでした。
 実は、もともと『クライシス』直前の段階のウォリーは自身の能力のスーパースピードが安定しない状態になっており、ヒーロー活動を引退しタイタンズからも脱退していました。それが、『クライシス』終盤でアンチモニターから攻撃を受けた際に身体の状況が変化して能力が安定し(ただし、速度自体は音速程度にまで落ちることに)、ヒーロー活動に復帰することになっていたわけです。
 まあこの設定自体は、要はスーパーマンが『クライシス』後に能力がそれまでよりも大幅に弱体化してより人間に近い存在になった……というのと同じ目的を持っていたのでしょう。「フラッシュ」第2シリーズの最初の方を読んでおりますと、最高速度のまま走り続けると莫大なエネルギーを消耗してしまうことが話の前提となっているので、アメリカ内を緊急任務で移動したウォリーが、走った後で腹を減らして大量のジャンクフードを食いまくり、帰りは飛行機で帰ってきたりするところなんかが描かれています。……つまり、「フラッシュ」誌にとってのグリム&グリッティ期ってのは、「高速で長距離を走りまくったらカロリー消費するんだから、腹も減るぜ」ってことなんでしょうな……。そんで、そんなに食いまくるのならメシ代とかどうすんのかねと思ってたら、ウォリーがある日突然宝くじに当たることでそのあたりの問題が解決されるという、割と迷走感あふれるライティングが展開されていました。
 それからしばらく経って、62号からライターに就任したのがマーク・ウェイドだったわけですが……『ターミナル・ヴェロシティ』のTPBに担当編集のブライアン・オーガスティンが寄せている前書きによると、もともと「フラッシュ」誌の愛読者だったオーガスティンは第2シリーズの設定にあまり納得がいっておらず、自分が好む方向性へとシフトできるようなライターとして、それほど有名ではなかったもののその能力を把握していたウェイドに仕事を振ることになったようです。
 この両名のフラッシュに対する見解が一致することによって「フラッシュ」誌は王道ヒーロー路線に回帰していくことになるわけですが、当時それほど有名でもなかったマーク・ウェイドの初期の仕事であることを考えると、このあたりが、グリム&グリッティ路線に対する反発・再検討の潮流が現れ始めた最初期ということになるのでしょう。
 さて、そんな状況下で展開されたのが、『リターン・オヴ・バリー・アレン』であるのでした。TPBに前書きとして収録されているウェイド自身と編集者のブライアン・オーガスティンの対談を読むと、こんなやり取りがされています。


 "You mean, if we gave them what they wanted--Barry's return--but not what they EXPECTED..."
 「つまり、もし我々が読者の望むもの――バリーの帰還――を、彼らが期待するのとは異なる形で与えてしまうなら……」



 "Man...can you imagine it? We'd be just the most hated men in comics history if we soured the legend of Barry Allen."
 「おい……想像できるかい? もしバリー・アレンの伝説を台無しにしようものなら、我々は、コミックの歴史上でも最も憎悪された者になるだろうな。」



 "Oh, absolutely."
 「ああ、絶対にね。」



 "Unequivocally."
 「疑う余地がないな。」



 ……まあ、こういうやり取りをきちんと読んだ上で肝に銘じて欲しいのは、New 52以降の「フラッシュ」誌のライティングに携わってるような人たちなんですが……。二十年以上もの時を経て遂に復活したバリー・アレンのストーリーを語れるということの喜びが表されているようなものが本当に皆無なもので……。むしろ、バリー・アレンの扱いに関してこういうような畏怖の念を覚えているような人々の方こそが、おかしな扱いをするわけがないということなんですよねえ。どうでもいいと思ってる人だから適当に扱えるわけで。
 ついでに言うと、「フラッシュ」誌の単独の邦訳が初めて出るのに際して、機械的にそんなNew 52を選んだ人々にも、フラッシュ愛は皆無なのだろうと思わざるをえません。現在進行形の話できりもいいからなんでしょうけど、マナプルのアートが受けやすいだろってことなら、マナプルのアートに加えてジェフ・ジョンズがライティングやってたNew 52直前の第4シリーズを頭から紹介する方が、どう考えても内容ははるかに上やないかと。ジェフがバリーを扱うときは、全てのコマにフラッシュ愛がみなぎってるやないかと。……というか、以前の私自身が、「『フラッシュ:リバース』は『グリーンランタン:リバース』の二番煎じの上に、内容も落ちるからちょっと……」などと調子こいたことをほざいてたわけですが、既にまるまる四年以上もの期間に渡って毎月毎月砂を噛むような思いで「フラッシュ」誌を読み続けてきた経験を経た今となっては、「すんません、ジェフが担当してた頃のは全部神でした」と土下座するしかありません。……いやほんと、『フラッシュ:リバース』→第4シリーズのTPB2冊ぶん→『フラッシュポイント』の流れって、通して読むとすばらしすぎるでしょ。どうせ「フラッシュ」の邦訳を出すんなら、『フラッシュポイント』までの三冊を分厚い合本とかにして出しちゃうのが一番いいと思うんですが……。
 話が逸れてしまったので元に戻しますと、『リターン・オヴ・バリー・アレン』のストーリーは、その題名の通り、死んだはずのバリー・アレンの帰還から始まります。とはいえ、1986年に最初の『クライシス』で死に、2008年に『ファイナルクライシス』で復活したのがバリーなのですから、1992年の『リターン・オヴ・バリー・アレン』で復活するはずがありません。ウォリーたちの前に姿を現したのは、バリーと同等の能力を持つスピードスターがバリーに偽装した偽者にすぎなかったのです。
 しかし、いざ実際にこのコミックを読んでみると、ここに登場するのが偽バリーであることは、実は大した問題ではないことがわかります。と言うのも、このストーリーで焦点が当てられているのは、「バリー・アレンの帰還」そのものではなく、「バリー・アレンの帰還をウォリー・ウェストはいかに受け止めるのか」ということであるからです。ウォリーの内面、ヒーローとしてのあるべきスタンスを探り直すことこそが主題であるからこそ、編集の都合上バリー・アレンを本当に復活させることができない状況であっても特に問題ないストーリーになっているのでした。
 一度はヒーロー活動を引退したウォリー・ウェストがフラッシュの座を継承したのは、世界を守るために死んだバリー・アレンの跡を継ぎ、オマージュを捧げ、フラッシュというヒーローを存続させるためです。……ならば、仮にバリーが無事な姿で生還してきたのであれば、ウォリーがヒーローであることの意義自体が消滅するということでもあるわけです。
 「バリー・アレンの帰還」という出来事こそが、ウォリー・ウェストの、ヒーローとしてのあり方を根本的に揺るがすことになります。そして、その渦中でウォリーの真実が明らかになっていくのです――自分は、バリー・アレンに憧れその後を追いフラッシュの名前を残すために活動していた、だからこそ、自分がバリーと同等の存在になりバリーの役割を完全に代行できてしまう……言い換えれば、バリーのなしたことは他人にもできたということを他ならぬ自分自身が証明してしまうことを恐れていた。つまり、ウォリーは、バリーが自分には手の届かないはるか上の存在であることを、無意識のうちに自ら望んでいた。だからこそ、自分で自分の能力に制限をかけてしまっていた。
 そして、バリーと同等の能力を持つ偽バリーとの戦いは、音速程度のスピードしか持たないその時点でのウォリーでは、そもそも手に負えないものです。そして、その戦いの渦中で、ウォリーは遂に気づくことになるわけです。


 Since Barry's death, my speed has waxed and waned. I never thought the electric power that sparked it could ever be recaptured.
 バリーが死んで以来、僕のスピードは増減してきた。それを引き起こした電力を取り戻せるなどということは、考えたこともなかった。


 I was wrong.
 僕は間違ってた。



 The power is within me. It always was.
 その力は、僕の内にあった。それはいつもそこにあったんだ。



 ……まあ、ぶっちゃけた話、ウォリーの能力が音速程度にまで抑えられたというのは、当時のリアリティ追求の流行に合わせたDCコミックスの方針によるものでしかなかったわけです。そこに、元通りの水準にウォリーの能力を引き上げた上で「フラッシュ」誌の方向性を本来のあり方に引き戻すに際して、以上のような再解釈を加えたマーク・ウェイドのライティングは大したもんだと思います。全く別の目的でウォリーの能力に足枷をはめていた設定が、「ウォリーが乗り越えなければならない試練」として解釈し直され、その上で、その試練を乗り越えることをウォリーがヒーローとして成長するために必要不可欠な出来事とし、なおかつ、ウォリーにフラッシュ本来の荒唐無稽なまでに強力なパワーを再び持たせることに作劇上の必然性を持たせているわけです。


 ……というように、ここでのマーク・ウェイドのライティングは大変すばらしいものなんですが……しかし、現在の目で読み返してみると、ちょこちょこ不満があることも事実なのです。
 例えば、偽物のバリーが帰還してからしばらくの間は、周囲の誰もがそれを本物と信じ(……「あれは間違いなく本物のバリーだ! 俺が保証する!」とか言い出すハル……)、ウォリーも偽バリーとともにヒーロー活動に従事することになります。……しかし、この段階で共闘するウォリーと偽バリーを見ている限り、両者のスピードに絶対的な落差があることが視覚的に明確になるような場面があまりないんですな。ここでそういう落差がきちんと描写されていれば、ウォリーのバリーに対するコンプレクスもよりはっきりとしたものになりますし、終盤での偽バリーとの対決もより一層盛り上がっていたのではないか、と。最後の対決でウォリーが覚醒するところはドラマとしてはすばらしいんですが、ウォリーが偽バリーと闘っても絶対的に不利であることがよくわかるようなアクション描写がないですし、ゆえに、覚醒して能力が解放されることによってウォリーの動きがどれほど変わったのかということも、いまいちわかりづらくなっているように思えるのです。
 要するに、ウォリーの成長・その内面に関するドラマ面での起伏と、アクション描写が盛り上がる部分をいかに連動させるかということに若干のズレが感じられるということなんですが……なんでこんなことを感じてしまうのかというと、そういう点に関しては、ジェフ・ジョンズによるライティングが(おそらくはアメコミ史上最高クラスの水準で)完璧すぎるからなんですよねえ。
 まあ、ジェフの場合は、そもそもヒーローごとの能力によるアクション描写とその内面を描くドラマ面とをいかに連動させるかということこそを第一に作品全体が構成されているようなことが多いので、能力に関する設定自体がドラマ面に従属するものとして作り替えられるようなことが多くなってきます。フラッシュの場合だと、マーク・ウェイドがDCユニヴァースのスピードスター全体の能力源として設定したスピードフォースを、そもそもバリーがヒーローになったという出来事そのものによって生成されたエネルギー源であることに変更してしまったことなんかがそれにあたります。あるいはグリーンランタンの場合だと、パワーリングが黄色い物体に対しては無効であることを、能力者の恐怖によるものとして設定し直したりしたことでしょうね。
 そういう意味では、SF的設定を作り込んで世界観を拡大することに関してはマーク・ウェイドの方が長けている一方で、ジェフ・ジョンズは活劇としての面白さを純粋に追求する過程で、元々のSF的設定をあくまでもドラマのための口実にすぎないものとしてどんどん背後の方に追いやってしまうような傾向があるのかもしれません(……とはいえ、マーク・ウェイドのライティングに関してごちゃごちゃ書いてしまいましたが、「フラッシュ」誌のライターに復帰してくださるというのなら、躊躇なく土下座する所存であります)。
 ……まあ、いずれにせよ、ウォリー・ウェストが独自のヒーロー像を確立したのがこの『リターン・オヴ・バリー・アレン』であったわけなのでした。そして、フラッシュの能力源たるスピードフォースがなんであるのかは、これより少し後の『ターミナル・ヴェロシティ』なんかで、より明らかにされていくことになるのでした。


 そういうわけで、「フラッシュ」におけるバリー・アレンからウォリー・ウェストへの継承は、ヒーローコミックの歴史の中でも指折りの、見事なまでに成功した代替わりでありました(……バットマンとかキャプテン・アメリカなんかも後任者はがんばってましたが、なにぶんあの人たちの前任者は、すぐに戻って来ちゃいますから……)。しかし、そんなウォリーも、『フラッシュポイント』を受けたNew 52では存在自体がなかったことに。それからしばらくの時が流れ、New 52の「フラッシュ」でようやくバリーのサイドキックとして子供のウォリーが出てきたと思いきや、コレジャナイ感が酷すぎることに……(アース2のジェイもそうなんですけど、名前が同じなだけで元の痕跡も残ってないんなら、いっそのこと完全な別キャラにして欲しかった……)。
 まあ、プレフラッシュポイントのウォリーも『コンヴァージャンス』のタイインタイトルでちょこっと出てきて子育て中の姿が描かれたりはしてたんですが、基本的には、もう「なかったこと」なのかなあ……などと思っていた今日この頃だったのですが、なんと! 今年の夏のイヴェント『リバース』において、New 52以前のDCユニヴァースの遺産が全部復活するらしいことが大決定! っつーことは、ジェイもウォリーも、New 52以前の姿で帰ってくるんですね!
 実は私、これを聞いて、ピーンときたことがあります。……というのも、ここんとこ数ヶ月の「グリーンアロー」誌において……長い長い不在の果てに……つ、遂に! 我らがオリーさんが、ヒゲを伸ばし始めたのであります!!! それに気づいて以来の毎日というもの「いいぞ~いいぞ~剃るなよ~絶対剃るなよ~」と念じ続けてきたのですが……そうか、あれは、『リバース』の前触れだったのか……。
 オリーさんのヒゲが完全復活するというのなら、どうせなら、政治ネタもぶっこみまくって物議をかもしてもらいたいものなんですが……。私の個人的な希望としては、「ライターとしてニック・スペンサーを呼んではもらえまいか?」ということがあります。……と、言うのもですよ、「キャプテン・アメリカ:サム・ウィルスン」の政治ネタでFOXニュースにバッシングされた挙げ句「コミックで政治を扱うな!」とか言われたニック・スペンサー、その後どうしたかというと、わざわざコミック内でFOXニュース(のパロディ)を出してきた上で、徹底的におちょくり始めましたよ。……私、それを読んで思いましたね、「我らがグリーンアローを任せることができるのは、この男しかいない!」って。
 あとはあれですね、普通のジャスティスリーグとは別枠で、'Justice League America'の刊行が予告されています。……と、いうことはですよ、'Justice League of America'ではなくてわざわざ'Justice League America'と銘打ってるくらいなんだから、当然、ブルービートル&ブースター・ゴールドはここに登場するのよな? こんなことでフェイントくらわしたら暴動ものだってわかってるよね? などと凄んでみたくもなるというものであります。
 しかしまあ、個人的に「ジェフ・ジョンズ、『ダークサイド・ウォー』があまりにもキャリアの総括すぎるんで、現場から撤退したらどうしよう?」などと脅えてたんですが、『リバース』のプロローグにあたるワンショット「DCユニヴァース:リバース」に全精力を注いでいたとのことで(……とはいえ、やはり『ダークサイド・ウォー』完結とともに「ジャスティスリーグ」誌は降板の上、「DCユニヴァース:リバース」後の仕事は何も発表されていない状態なので、予断を許しませんが……)。『グリーンランタン:リバース』と『フラッシュ:リバース』に続き、今度はDCユニヴァースそのものをリバースしちゃうのかよ……などと思いつつも、ジェフ自身のコメントによると、この作品はジェフにとって'the absolute best I possibly I can'ということになるそうで、「マジかよ! 『ダークサイド・ウォー』より凄いのかよ!?」などと戦慄しているところなのであります。
 ……などという風に、ウォリー・ウェストをめぐる回顧的なエントリを書いていたら、たまたま現在進行形のことと重なってしまうことにもなりました。とりあえず、「フラッシュ」は、「およそ二十年間に渡って、ライターがマーク・ウェイドかジェフ・ジョンズのどちらかであることがほとんど」という、トータルで見ると異様に質のアヴェレージが高いコミックであったわけですから、『リバース』を経て月刊から隔週へと変わる以上、きちんとしたライターを割り当ててくれないと、こちらとしては死活問題なのであります……。






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