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大人の時間と子供の時間――ガイ・リッチー『コードネーム U.N.C.L.E.』

 ガイ・リッチーの監督による『コードネーム U.N.C.L.E.』を見た。作品が描く時代としては冷戦期に設定されており、冒頭部分では、ベルリンの壁を越えて西側へある人物を送り込もうとする作戦に関するCIAとKGBのそれぞれのスパイの暗闘が展開されている。
 そんな事件を発端としつつ話の本筋となるのは、核兵器の技術が広く流出しかねない事態が生じた結果アメリカとソ連が一時的に手を組まねばならないことになり、その作戦に関して、冒頭部分では死闘を繰り広げていたCIAのスパイであるナポレオン・ソロとKGBのスパイであるイリヤ・クリヤキンとがチームを組んで任務に従事することになる……というものだ。資本主義にどっぷりつかって享楽的な生活を送り、凄腕の泥棒だったのがCIAで働くことになったソロと、共産圏の質実な生活に慣れたコチコチの堅物のイリヤの文化的ギャップを描きつつ、スパイもののフィクションにとっては定型である、虚実入り乱れ複雑に入り組んだプロットがさくさくと整理されつつ展開する。
 そういう意味では、今回の『コードネーム U.N.C.L.E.』の、全体としての完成度は高い。ストーリーは各キャラクターの特徴を織り込みつつも巧みに進行し、それぞれのシーンごとの演出にしても、どのような要素を省略し、何を画面に映さないことによって作品を構成するのかという部分がきちんとできている。スパイ映画の場合、どうしても人間関係が入り組んだ複雑な展開になるので、全てを画面に写さずとも観客にきちんと伝わる部分をきちんと調整してストーリーの経済効果を高めなければ、どうしてもかったるくなるわけだ。
 ……というわけで、既存のスパイ映画の枠組みの中でそれなりに完成度が高く、安心して楽しめる映画になってはいるのだが……私の印象に残ったのは、むしろ、スパイ映画の枠組みを部分的に逸脱する細部の方であるのだった。
 何らかの仕事に従事するとき、人は、自分の身体を、何らかの目的の達成に向けて最適化された状態にする(もしくは、少なくともそれを目指す)。このようなことは、任務を遂行中のスパイにあっては、より徹底した形で表れる。ひとたび自分の身分を偽装すれば、その役割を演じ続けなければならない。身分を偽装し嘘をついているのは自分だけではない可能性は常にあるゆえに、周囲の誰の発言も信じきることができず、常に懐疑的であり続けなければならない。それが敵地に潜入している期間のことででもあればなおさらで、それこそ四六時中、プロフェッショナルとしての緊張を保つことから解放されるようなことはほとんどないことにもなる。
 言ってみれば、スパイとは、完全に目的化された時間の中を生きている人々なのである。そして、自身の目的達成に向けて最適化された状態に身体を統御した人々が謀略をかけあい、騙しあい、虚実入り交じった駆け引きを繰り広げるからこそ、それを題材としたフィクションは、高度にコントロールされたプロットを備えることも可能になる。
 ……しかし、登場人物が自分のプライヴェートな領域を完全に殺し去り目的達成のためだけに奉仕することによって完成する複雑な作品が存在する一方で、まさにそこから逸脱してしまうものも、しばしばスパイもののフィクションで取り上げられてきた。スパイは任務の達成に向けて自分の元々のあり方を殺さなければならない、しかし、過酷な状況の中で完全に殺しきることもできず、プロとしての任務の狭間で噴出してしまう、もともとの実存――そんなものも、しばしば描かれてきたのだ。


 『コードネーム U.N.C.L.E.』という映画には、スパイがスパイとしての任務に忠実に従事し、目的の達成に向けて単線的な時間の中を駆け抜けるその渦中にありながらも、いかなる目的のためにも組織されていない、弛緩しきった淀んだ時間が描かれるという、他の部分から突出した異様な場面がいくつかある。
 例えば、ソロとイリヤが敵に追われ、ボートで海上を逃げる場面。イリヤの激しい運転によってボートから振り落とされたソロは、単身泳いで陸に上陸すると、無人のまま駐車されているトラックに勝手に乗り込み、持ち主の荷物をあさる。そうしてサンドイッチを見つけたソロは、依然として追われるままに海上を駆けるイリヤのボートを遠目に眺めつつ、閉め切った車内に音楽をかけると、ゆうゆうとサンドイッチをぱくつき始める。
 車内に音楽を流すソロの周囲にゆったりとした時間が流れているだけに、車外で絶体絶命の窮地にあるイリヤとあまりにも対照的な出来事が同時進行する様が強調される。言い換えれば、スパイとしての能力をフル稼働しなければならない状況に追い込まれたイリヤの時間と、何の目的もなくただのんびりとしていればよいソロの時間とが、それぞれ全く異なることが示された場面になっているわけだ。
 この作品において、プロフェッショナルとして自分の身体を統御することに関して最も優れた能力を見せるのは、ほかならぬナポレオン・ソロである。そして、潜入任務に従事している期間は偽装した姿を徹底して保たなければならないからこそ、任務の合間のほんのわずかな隙間を見つけるやいなや、目的意識を完全に放棄して、弛緩した時間の中でゆうゆうとリラックスすることができる。……つまり、プロフェッショナルとしての能力が高い者だからこそ、プロフェッショナルとしての姿勢を放棄できる時間をやりくりすることができるのだし、緊迫した時間と弛緩した時間とを自由自在に切り替えることもできる、ということだ。


 『コードネーム U.N.C.L.E.』がそのような映画であったと考えてみると、ガイ・リッチーの初期作品には、そのような要素は全く見られなかったことに気づく。……なるほど、『スナッチ』のような作品も、数多くの犯罪者たちの利害が絡み合い、騙し合いが横行し、複雑なプロットが展開してはいる。しかし、そこに登場する犯罪者たちは、ナポレオン・ソロのような、プロフェッショナルとしての緊迫した時間の中にいることはなかった。
 ガイ・リッチーの初期作品に登場する犯罪者たちは、しばしばそれなりに大がかりな犯罪計画をもくろみ、実行に移す――しかし、彼らの計画は基本的に緩いものであり、実行の過程で様々な偶然によって翻弄され、それを途中で修正するような手際の良さもなく、にっちもさっちもいかなくなり、任務の途中でもダラダラと雑談を始めたりもする。
 言ってみれば、ガイ・リッチーの描く犯罪者とは、大人の世界に参入することを拒絶した人々なのだ。目的を達成するためにコントロールされた緊迫した時間の中で仕事をすることができず、子供の時間の過ごし方から変わらぬままに成長した人々。彼らは、子供の世界から抜け出さずにすますためにこそ、法を踏み越え犯罪を犯す(このことを最も明確に体現しているのは、『スナッチ』においてブラッド・ピットが演じているミッキーだろう)。
 もちろん、法を踏み越えることまではしなくとも、業務の達成に支配された大人の世界に進んで参入したがるような人はあまりいない。誰だって、子供の頃のように、何者にもせかされず気ままに時間を過ごしたいだろう。しかし、それはできない……だからこそ、人は、目的化された時間の中で業務に従事し続けながらも、自分を解放できる弛緩した時間を捨てきることもできない。そしてそのような弛緩した時間は、プロフェッショナルとして最適化された動きをできる者こそが、かえって効率的に見つけていくことができるということを、『コードネーム U.N.C.L.E.』は示しているのだ。


 当然のことながら、このようなことは映画製作の現場においても当てはまることであるだろう。低予算の映画であれば、自分の好きなように製作できる……しかし、様々な利害が絡んだ大作映画ともなれば、そうもいくまい。商業的な一定の成功が要求される以上、好き勝手に定型から逸脱することもできず、特定のジャンルの枠組みの内部で要求されることを巧みに語りきることも求められる。
 だからこそ、そのような中で「本来なら自分のやりたいこと」を刻印するためには、目的の達成に向けて最適化された行動を取って周囲からのあらゆる要求に応えつつ、その隙間隙間に、自分が好きにできる時間をこじ開けて確保していかなければならない。……『コードネーム U.N.C.L.E.』という映画は、そのことに完全に成功したものであるように思えるのだ(そして、今にして思えば、『リヴォルヴァー』という映画は、そのようなことをやろうとして無惨に失敗した作品であったのかもしれない)。
 どれほど高度なスパイであっても、完全に自分の実存を殺しきり、任務の達成のためだけに従事する空っぽの存在にはなりきれない――しかし、殺しきれない自我の残余にどこで息をつかせるのかということは、うまくやれば自ら選ぶことも可能であるのだろう。







 
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