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3Dで白黒映画を撮ること――『シン・シティ:ア・デイム・トゥ・キル・フォー』

 フランク・ミラーとロバート・ロドリゲスの共同監督による映画『シン・シティ:ア・デイム・トゥ・キル・フォー』を見てきた(一応、邦題は『シン・シティ 復讐の女神』となっているのですが……もの凄くかっこわるい上に、今回は脇役に過ぎないジェシカ・アルバをフィーチャーしたタイトルになっていてムカついたので無視することにします。……しっかし、元々のタイトルがジム・トンプスンとかのノワールっぽい雰囲気を狙ってつけられているのだから、邦題でもそれを活かそうとする気はないのだろうか……あるわけねえか……)。
 ……それで、まあ、内容は面白かったんですが……内容を云々する以前のこととして、今回の上映の扱いは酷いことになってますなあ……。私の場合、最寄りのシネコンで公開二週目には既に一日一回の上映になっていたのでこれはヤバいぞと思っていたら、その週末には既に上映終了……。というわけで、致し方なく遠出して見てきたのであります。


 さて、肝心の内容の方ではありますが……正直なところ、見る前の段階では、それほど期待してもおりませんでした。と言うのも、もともと『シン・シティ』というのは、フランク・ミラーによるオリジナルの同名コミックを原作に忠実に映画化した作品であったわけです。そして、シリーズの中でも、主に「ハード・グッドバイ」「ビッグ・ファット・キル」「ザット・イエロー・バスタード」の三作からピックアップして、オムニバス的に製作されていました。
 フランク・ミラーという人は、若い頃からフィルム・ノワールや犯罪小説を愛好していた人です。そういう人が、アメコミの世界では比較的珍しい白黒でコミックを描くことで、線を描くというよりは光と闇のコントラストでコマを作ることで、いかにも典型的なノワールの世界が構築されていました。その際、歴史的時期が特定されるよな要素は抜き取られ、またノワール的な視覚的要素がつぎはぎされることで、ノワールの世界そのもののカリカチュアとなっているような、非・歴史的にして無時間的な都市空間が築かれることになったわけです。
 そんな都市空間を描いたコミックを、可能な限り原作コミックに忠実に再現したのが、前作の『シン・シティ』でした。そして、これはかなり高い水準で成功している……ということだったわけですから、私としては、「じゃあ、もうここに付け足す新規な要素はないじゃん……」と考えていたんですね。
 実際、今回の『デイム・トゥ・キル・フォー』の中核を占める同名のエピソード「デイム・トゥ・キル・フォー」は、シリーズ第一作の「ハード・グッドバイ」の直後、「ビッグ・ファット・キル」や「ザット・イエロー・バスタード」よりも以前の段階で発表されています。つまり、原作に忠実な映画化をしている限り、新たな要素が付け加えられて進化していくようなことは、ありえないわけです。
 さらに、今回は3D作品になっているということが、私の不安を加速化させました。光と闇だけで構築された平面的なコミックの世界を忠実に再現するというコンセプトの映画だったはずなのに、3Dにしてどうするんだ……としか思えなかったわけです。


 ところが、です。いざ実際に見てみると、今回の『デイム・トゥ・キル・フォー』は、まさに3Dで製作することにこそ意味がある作品になっていたのです。……というのも、前作の『シン・シティ』は、既に述べたように、実写で撮られた画面を平面へと近づけるという試みでした。一方で、『デイム・トゥ・キル・フォー』は、平面によるコミックの世界と、実写による立体の世界とを、シームレスに往復する……その二つの世界の間隙を埋め合わせ、自由自在に行ったり来たりすることを可能にするために、3Dの効果が使われていたのです。
 3Dにこういう使い方があったのか――と感心するという意味では、一見の価値がある映画である、と言えるでしょう。……しかし、実はこの映画の場合、3Dの効果が目を引くような凄い画面が現れるのって、冒頭あたりのごく短い場面に限られてるんですよね……。
 例えば、ミラーにとって重要な参照先の一つであるだろうムルナウがハリウッド時代に撮り上げた『サンライズ』なんかにしても、サイレント時代にもかかわらず凄い合成画面を作中に含んでいます。あるいはフィルム・ノワールで言うと、オースン・ウェルズの『上海から来た女』のミラーハウスの場面なんかも凄い。……しかし、それらの映画にしても、当時の技術でこんなことができたのかと思わせるような場面は、作品全体の中でもほんの一部に限られてしまっていたわけです。
 一方で、スピルバーグの『タンタン』なんかは、その全篇に渡って実験的な画面を維持し続けていたわけで……まあ、身も蓋もないことを言ってしまえば、結局は資金力の差なんでしょうなあ……。


 ……というわけで、『デイム・トゥ・キル・フォー』は、3Dの効果が特に意味を持っていない部分に関しては、前作とあまり変わりのないものになってしまっています。とはいえ、作品の中枢を占める「デイム・トゥ・キル・フォー」はさすがに元のコミックがよくできているということもあり、それこそ、フィルム・ノワールの名作たる『サンセット大通り』や『深夜の告白』なんかとも比肩しうる出来映えなんじゃないかと。
 ……しかし、今回の映画化に関してミラー本人が新たに書き起こした「ナンシーズ・ラスト・ダンス」は……正直……なくてよかった……。
 ……その~、『シン・シティ』のシリーズ全体の中でも最高傑作の呼び声が高いのが、前作の元ネタの一つとなった「ザット・イエロー・バスタード」であるわけですが……あれが面白かったのって、『ダーティハリー5』に納得がいかなかったミラーが、ダーティハリーの最終回を勝手に作ってしまったからなのであって……そのさらに後日談を付け足すというのは、完全に蛇足に過ぎないと言うか……。
 それでもとりあえず見ていられるのは、ブルース・ウィリスが出てるな~と思ったら、まさかの『シックス・センス』オマージュが展開されること、それから、前作ではチョイ役に過ぎなかったパワーズ・ブースが演じるロアーク上院議員の悪役としての存在感……などのような要素に助けられたことが大きいんじゃないかと。正直なところ、そういった要素を抜き取って比較してみると、既に衰え始めていたとはいえミラーが全盛期のエネルギーをまだまだ保ってはいた頃に描かれた「デイム・トゥ・キル・フォー」と、「現在のミラー」による「ナンシーズ・ラスト・ダンス」では、その落差が酷すぎるなあ、という印象ばかりが残ってしまうのでありました。


 ……とまあ、そんな感じで、不満が残るところもありつつも全体としては楽しめた映画であったのですが、話はここで終わりませんでした。……というのも、劇場でパンフレットを購入したわけですよ。それで、いざ買ってから、そういや前作のパンフレットも間違いだらけの文章が平然と掲載された酷いものだったなあ……などと思い出してしまったわけです。そう思いつつパンフレットをぱらぱらめくってから執筆者を目にすることになって、あちゃ~……と思ったわけですが、いざ文章を読んでみると、頭を抱えることになりました。
 これはさすがに酷いと思ったので、パンフレットに載ってた文章のどこがどう間違っているのかを、エントリを改めて書いてみたいと思います。






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