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絓秀実『タイム・スリップの断崖で』に見る、日本の文芸批評の問題点(下)

 蓮實と柄谷の少し下の世代として両者の多大な影響を受けることを回避できなかったの絓の批評には、両者に板挟みされた者に特有の逡巡があるように私には思える。
 小林秀雄の批評の最悪の部分には、自分の分析能力を超えた作品の分析を放棄し、作品に遭遇する体験を神話化して流通させるような面が確かにあった。……一方、絓より若い世代の聡明な批評家は、しばしば、単に作品の分析そのものを放棄する。明晰な理路を備えた単線的な言語からなる批評ならば分析を拒むようなこと自体がありえないため、そのような対象だけを選べば、高度な議論はどもることなく淀みなく展開される。
 絓秀実の批評にあるのは、この両極のどちらにも振り切れない態度だろう。作品の分析に手をつけるスガは、自身のそれ以上の分析を拒むような真に優れた作品に遭遇すると、その核にまで行き当たってしまう。良くも悪くも、そこに絓の批評の限界がある……そして、そのとき初めて絓は、自身の逡巡に対する照れ隠しの意味もあるのだろうか、フィクションとしての駄法螺を吹き始めるのだ。
 このような点で、絓秀実は、しばしば似たようなポジションにあると見なされる渡部直己とは決定的に異なっている。両者の決定的な違いは、それぞれの著作のタイトルを見ていけばすぐにわかる。……渡部は、作家名を冠し単独の(もしくはいくつかの)作家に冠する単著を幾冊も上梓してきた。これに対して、絓は、(とりあえず今のところは)このような著作を書くことはなかった。絓が自身の著作に固有名をまぎれこませるような場合、そこにあるのは常に、先行する批評家の固有名であったからだ。
 もちろん、このことは、渡部の優位を意味しない。というのも、渡部は、特定の小説家を取り上げ小説の具体的な内容に即した記述をするに際して、テクストそのものを平然と裏切るようなデタラメを何度も書き連ねてきたからだ。
 具体例を一つ挙げてみよう。これまで渡部は、いたるところで、大江健三郎の『万延元年のフットボール』を同趣旨で批判してきたが、これがなんとも愚かで無惨なものなのである。……渡部によると、大江が『万延元年のフットボール』の中核に置いているのは「表象不可能性」であり、それは「本当のことをいおうか」という言葉で何度も繰り返されているのだそうだ。決して表象することができず言葉にできないことを「本当のこと」として作中に配置することによって、時代状況に制約された素朴な疎外論的文脈を形成してしまっている、のだそうだ。
 しかし、大江が「本当のこと」という言葉の引用元とした谷川俊太郎の詩には、「本当の事を云おうか/詩人のふりはしているが/私は詩人ではない」と書かれているのにすぎない。また、『万延元年のフットボール』の作中でも、鷹四は確かに「本当のこと」の実態を述べずに意味ありげにほのめかしつ続けはするものの、いざその内実に言葉を与えてみると、蜜三郎によって一笑に付されてしまうような大したこともないこととされている(……というか、作中で鷹四は「オレハ本当ノ事ヲイッタ」というはっきりとした言葉を残してすらいるのに、なんでこれが「表象不可能」なんだろうか……)。
 本来なら当たり前のことのはずなのだが、「表象不可能なこと」と「表象困難なこと」とではまるで異なる。そして、多少なりともまともな作家であれば、当然のこととして、「表象困難なこと」をいかにして表象するのかに腐心する。その技術的な努力の部分をすっ飛ばして、あたかも作家が何でもかんでも「表象不可能性」のカテゴリーに放り込んでいるなどと見なすのは、「表象不可能なこと」と「表象困難なこと」の差異を見極めようとすることすらしない、怠惰な読み手の側の愚かさにすぎない。
 『万延元年のフットボール』を作品の具体的なテクストに即して見ていく限り、疎外論の文脈によって限定された表象不可能性の問題などというものは存在しない。それは大江の問題ではなく、渡部がもともと持っていた自分の問題を勝手に大江の小説に投影した挙げ句、大江の側の問題だと勝手に誤読して罵倒しているのにすぎない。渡部は、自分の内部の愚かさを勝手に外部のテクストに投影し、自らの愚かさの鏡像を叩いているのにすぎないわけだ。


 ……以上のようなことは、なにも渡部直己だけに限られることではなく、至る所で何度も繰り返されてきたことであるだろう。そういう意味では、絓なり後続する批評家なりが、安易な分析を拒むテクストの分析を回避しつつ明確に分析できる対象のみを取り上げることは、相対的には明らかに優位に立つことであるし、無駄に他人の作品を貶めないという意味では誠意のある行動であるとすら言える。
 とはいえ、絓の著作に即して見るとき、核心部分で特定の対象への分析を回避することが、著作の全体への影響をも及ぼしているようなこともあるのである。そのことを、少し具体的に見てみたい。
 非常にトリッキーでありなかなかに独創的であるゆえに、絓の批評のスタンスが明確に表れているように私に思えるのが、文芸誌「すばる」で連載されていたチャート式文芸時評である(単行本としては、『文芸時評というモード』に収録)。
 この文芸時評における絓は、その月に文芸誌に発表された小説を縦軸と横軸の二つの観点から点数化して評価し、その全体の位置づけをチャートとして提示し、一望する図を与えてみせる。
 その際、横軸は「技術」で一定しているのだが、縦軸はと言えば、正月には「おめでたさ」、ある時には「共産主義」、野球になぞらえたいときには「リーグ優勝可能性」、などと、テキトーきわまりないものである。
 もちろん、この毎月ころころと変わり続ける縦軸は、数値化の根拠などというものは何ら存在しない、駄法螺の類のものである。その意味で、この二元的に数値化されたチャート表が意味することは、ごくシンプルな一つのことでしかない。……すなわち、同じ月に文芸誌で発表された小説を完全に同一の基準で見てみれば、どんぐりの背比べにすぎない大半のゴミと、安易な分類を超えたごく一握りの優れた作品の二つが存在しており、その両者の決定的な溝は埋めがたい……ということである。
 以上のような性格を持つチャート式文芸時評を単行本化した『文芸時評というモード』は、絓の著作の中では最も「アジビラ」としての側面が強い(なおかつうまくいっている)ものだと思うが、しかし、ここには、実はかなり根深い問題が残っている。……絓による文芸時評は、実は、もともとは渡部直己が「物語内容」と「物語言説」の二つの価値基準から点数化することを前提とした文芸時評が非難轟々たる反応を得た後で、その数値化の前提を踏襲しておこなったものだったのである。つまり、絓は、「文学作品を厳密に点数化する」という形式を踏襲しつつも、実はその判断基準などいくらでも適当にこじつけることができるということをパロディとして実演しているわけだ。
 だが、絓がパロディを実演しているのだとして、それは何に対するパロディなのか。絓は、『文芸時評というモード』の冒頭に、そもそも文芸時評という日本に固有の奇妙な制度とは何なのかという原理論をも収録している。そこには、次のような記述が見られる。


 近年にいたるまで、日刊紙=全国紙における文芸時評の存在意義が、繰り返し疑問に付されてきた。しかし、寡聞にして、どこかの日刊紙=全国紙が文芸時評という制度を廃したという話も聞かない。これにはやはり理由があると考えるのが妥当なのであって、私見によれば、文芸時評とは――とりわけ、日刊紙=全国紙のものは――「天皇制」のごときものと位置づけることができよう。それは、まさしく「国民的象徴」なのであって、かつて湾岸戦争についての反対署名を「天皇制」の一語で総括しようとした者がいたが、彼がその批判の分析の対象を文芸時評に向けたとしたら、多少は実り多い成果が得られたのではないかと、今となっては惜しまれるのである。
 つまり、文芸時評なる制度が、新聞の配布先たる全国民に伝達しようとしているメッセージは、日本国民が、国民として付与された特質にもとづいて、月々自発的に、「文学」(=芸術)という富を算出しているということそれ自体であって、その意味において、文芸時評は「国民的象徴」なのである。この場合、時評に取り上げられた作品がどのようなものであるかは、さしあたり、問われる必要はない。文芸時評とは、天皇とおなじく、国民レヴェルにおいて、存在することに意義があるものなのである。確かに、こんなことが制度的に保証されている国は、ほかにはあるまい。(『文芸時評というモード』、p8~9)



 文芸時評という制度とは、天皇制のごときものである。絓は、はっきりとそのように述べている。ならば、そこに存在する前提を転倒しパロディによって全体像を覆すという作業をしているのだとしても、いったんは天皇制を受け入れていることは否定できない。
 文芸批評もまた何らかの制度の内にあることに自覚的でありつつその制度を内部から転倒してみせるようなパロディをテクストそのものの水準で実演してみせることに関しては、おそらく蓮實重彦の影響が強いのであろう。しかし、それぞれがどのような活動をしどのような発言をしてきたのかを照らし合わせてみれば、天皇制をいったんは許容した上で活動することに関して、どちらの方が批判されなければならないのかについては、言うまでもないほどに明らかだろう(……とはいえ、現在の時点での絓は、そういうことまで考えた上で、文芸誌からも大学からも収入を得ていないのかもしれないが……)。
 だが、問題は、絓の言行不一致にのみあるのではない。正直なところ、左派による天皇制の利用を生真面目に批判する絓より、『文芸時評というモード』において適当な駄法螺を展開する絓の方がよっぽど面白いとすら私は思う。……にもかかわらず、私が『文芸時評のモード』という著作を肯定しきれないのは、ここで実演されるパフォーマンスが、絓が本来なら論じるべきであるはずのことを覆い隠す煙幕として機能しているように思えるからだ。
 絓によるチャート式文芸時評は、ひとたびパフォーマンスを取り払ってしまえば、「同時代的に文芸誌で書かれ続ける大半のゴミ」と「一握りの小説家による真に読まれるべきテクスト」を選別することしかなしていなかった。そして、ゴミのゴミたるゆえんは、それなり以上に優れた批評家であれば、誰でも明快に述べることができる。
 一方、絓は、一握りの優れたテクストをテクストに即して念入りに分析する作業は、肝心の所で回避する。日本語という言語に対する自己言及的な分析に基づく文学作品であるならば天皇制という制度そのものに亀裂を入れることすらありうるのかもしれないのにかかわらず、絓はそれを正面から論ずるのではなく、自身の言説をもフィクションと化しつつ、パロディとして距離を取っているというエクスキューズをつけながらも、天皇制への加担に自らもまた加わってしまう。


 絓が、重要作家の重要作品に対して、肝心の部分での分析を回避してしまっているということは、文芸時評よりも主著での記述に即して見ていく方がいいだろう。もちろん、文芸時評においては作品の具体的な分析があるのだが、絓の場合には、分析しないことではなく、肝心な部分で核を回避するというところに問題があるので、主著の長い記述の方が例としてはよいわけだ。
 以前から私が気になっていたのは、『革命的な、あまりに革命的な』における、絓による大江健三郎への読解なのであった。……もともと、『革命的な、あまりに革命的な』という単行本にまとまる原稿は、鎌田哲哉が「進行中の批評」を連載していたのと同時期に、「早稲田文学」に連載されていた。そこで、鎌田の側から提出された批判と同時進行で進むのを読みながら、絓の大江の作品に対する扱いに驚くということが、私の中であった。
 『革命的な、あまりに革命的な』という著作の主眼は、1968年の日本で起きていた状況を分析することにある。そういう意味では、一小説家である大江への言及が主要なものとならないことは問題ではないのだが……絓が大江に関して言及するのは、主に、1968年の学生活動家たちに影響を与えた若い世代の小説家、という側面に注目してのことになる。
 当時の学生活動家より少し年長の世代の大江が後続する世代に影響を与えたのは、大江が学生時代に書いた初期作品『われらの時代』であるとされる。その上で、その内容が批判的に分析されることになるのだが……もちろん、『われらの時代』という作品そのものは、大江自身のキャリアの中では、若書きの初期作品にすぎない。
 では、当の大江は68年に何をしていたのかと言えば、「走れ、走り続けよ」「核時代の森の隠遁者」「狩猟で暮したわれらの先祖」などのその時期に書いていた中短篇を『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』として出版することなのであった。
 絓は、大江の初期作品『われらの時代』の、とりわけ作中での「われら」という言葉の持つ含意が68年の日本の学生活動家たちにもたらした悪影響について論じてみせる。しかし、大江自身が68年に『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』という連作集のなかでやっていたのは、自身が初期作品で提起した「われら」という言葉の迂闊さを自己批判し、解体してみせることだったのである。
 つまり、大江自身が68年になしていたことをの実態を作品に即して分析しようとするならば、同時代的な現実と同調するわかりやすい見取り図を描くことなどできなくなる、ということだ。だからこそ、絓の『革命的な、あまりに革命的な』という史論においては、「大江の若書きが68年に与えた影響」の記述はあっても、「大江自身が68年に出版したテクストの分析」は含まれない。
 とはいえ、このことについては、絓自身が著作の内でエクスキューズをつけてはいる。……絓によれば、『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』に先立つ『万延元年のフットボール』の時点で、大江は同時代的に影響を与える知識人としての立場から離脱したのだという。それゆえ、『万延元年のフットボール』以降の大江は、同時代的な状況を分析する上では参照する必要がないのだ、と(ついでに言うと、大江の『万延元年のフットボール』の位置づけに関して、絓は、「疎外論的な文脈にある」という渡部の評価を共有している……のだが、むしろ、そのことによって同時代的な責任を放棄するデタラメさがあるということをこそ評価しているのである。こういうことを見て改めて思うのは、渡部が本人としては大まじめにテキトーなたわごとを述べだしたら、絓がとりあえずそれを引き受けつつパロディ化してギャグに作り変えてあげる、ということが繰り返されてきている、ということだ。……しかし……なんというか、これは、ボケとツッコミの役割が完全に逆転していると思うのだが……)。
 以上のような状況をふまえつつ、それでもなお絓の大江に対する対応にもどかしさを覚えるのは、絓が「読めていない」からではなく、むしろ逆に、「読めている」からである。
 何人かの文芸評論家が集まった座談会の席で、福田和也が大江について「クヌート・ハムスンやセリーヌなどの真の偉大さに比べると、その一歩手前にいる」という趣旨で評したことがある。それを受けて絓は、次のように述べているのだ。


 たとえば『狩猟で暮したわれらの先祖』のあたりは、これ意外とセリーヌに近い感じがしませんか。(「小説の運命Ⅰ」、『皆殺し文芸批評』所収、p128)


 ……いやいやいや、だから、やっぱり、わかってんじゃ~ん! 大江の核心がどこにあるのという話になると、真っ先に持ち出してくるのは、スガにとっては、やはり『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』から、ということになるのである。にもかかわらず、いざ68年の史論を書くとなるとこの作品には一言も触れないということにこそ、絓秀実という批評家の限界があるように思えてしまうのだ。


 絓秀実の批評を以上のようなものとしてとらえていくと、後続者としてそれを批判する鎌田哲哉の立場にも、従来とは異なる評価を下さなければならないように思える。
 鎌田の絓批判によれば、絓が同じ論旨での悪循環を繰り返しているのには、「翻訳」や「法廷=議論」という契機が欠如しているからなのだという。しかし、これらが、絓以前から繰り返されている「分析困難なテクストの回避」の一形態だと考えてみると、鎌田自身もそこから免れてはいないことが明らかになるのである。
 論争的な局面での舌鉾の鋭さと論理の切れと説得力という意味では、恐ろしいまでの強さを持つのが鎌田哲哉という批評家なのであった。……しかし、鎌田の批評のほとんどにおいて、何度も繰り返されるきまった型が存在していた。
 鎌田は、自分が批判する対象の弱点をえぐり出すと、いかにしてその弱点が成立していいるのかをギリギリまで論理的に記述する。……しかし、最終的に対象を否定する際にするのは、「そのような弱点を備えていない、豊かな価値を備えたテクスト」を持ち出し、否定する対象にぶつけることである。
 鎌田のデビュー作「丸山真男論」において、丸山の弱点に対してジョイスの『ユリシーズ』をぶつけて以来、鎌田はこのレトリックを何度も繰り返していた。しかし、「否定されるべき対象の弱点」を免れているものとして提示されるテクスト(その大半は著名な文学作品である)は、無条件に肯定されるべきものとしてのみ参照され、なぜそれが肯定されるのかはそれ以上分析されることがない。
 言い換えれば、鎌田にとっては、「肯定されるべきテクスト」はあらかじめ無謬なものなのであり、それ以上の分析は許されていない。……そういう意味では、その核心部分において、鎌田の批評は教条主義的なものであると言うほかないのだ。


 私自身、鎌田哲哉の批評の多大な影響を受けてきはしたものの、そういう意味では、やはり鎌田哲哉よりも山城むつみの方が優れた批評家であると言わなければならないだろう。山城は、向かい合うべきテクストに実直に向かい合い愚直に分析する批評をなすからだ……しかし、その帰結として、ぱっと見のわかりやすい面白さはない。
 このあたりのことに関して非常に良くないと思ったのが、既に引用したインタヴューの中で、蓮實が山城の批評を「まったく興味がわかない」「とにかく面白くない」とボロクソにおとしていたことだ。
 既に言及したように、同じインタヴューの中で、蓮實は、日本の文芸批評における具体的なテクストの分析の欠如を問題にしていた。とはいえ、もちろん、そのこと自体は誇張である。実際には、テクストを具体的に引きつつ作品を論じる批評家は掃いて捨てるほど存在するが、その大半は箸にも棒にもひっかからないものであり、どうしようもない単純素朴な誤読をなしており、そもそも取り上げるのにすら値しないということだ。
 そういう意味では、相対的に見れば、山城むつみは、まともにテクストが読めるという意味で希有な批評家であると言わなければならない。しかし蓮實は、今度はそれが「面白くない」と難癖をつけだす――それも、まともな分析ができていない側の渡部直己あたりを聞き手としながら、である。平然とダブルスタンダードを行使しているここでの蓮實には、党派性しかない。
 具体的なテクストの分析を愚直にやったところで、読み物として面白くなるはずがない。単純な面白さを求める多数の読者を呼び込むはずがない。現にというか、このインタヴューからしばらく後に蓮實は実際に『「ボヴァリー夫人」論』を出版することになったが、あの書物にはまともな読者などほとんどついてはいないではないか。
 実直な作品論であり、長大にして難解な議論をも含む『「ボヴァリー夫人」論』は、そもそも通読した者すらほとんどいないような書物であるだろう。蓮實の主著がそんなものであるのだから、蓮實の活動の全体像を俯瞰できる者などほとんど存在しないはずであるにもかかわらず、『伯爵夫人』のようなしょうもない小説が世に出ると、『「ボヴァリー夫人」論』については沈黙を決め込みんでいながらも、とりあえず小説だけ読んだら「遂に蓮實について語れるぞ!」とばかりに鬼の首でも取ったかのようにはしゃぎだすアホどもに対しては、私としては、呆れる以外の反応はない。しかし蓮實は、この手のアホどもをコントロールし煽動し動員することによって自分の権威を築いてきたことも今となっては否定できないだろう。
 『「ボヴァリー夫人」論』は、「面白くない」……それは山城むつみの批評が「面白くない」のと、同じ意味に置いてである。あるいは、かつての蓮實によって激しく否定された小林秀雄の「遭遇のメロドラマ」にしても、批評家として飯を食っていくために選択された方法論でしかなかっただろう。小林を肯定する者も否定する者も、その大半は、小林の人目に立つパフォーマンスやレトリックの部分しか見てはいない……それは、小林からしてみれば、そういう読者は動員されている側の者でしかないと言うことだ。そして、『「ボヴァリー夫人」論』と『伯爵夫人』の読者の配置を見る限り、蓮實もまた、結局は小林のあり方を繰り返している。
 そういう意味では、そのことに自覚的であろうとなかろうと、誰もが「日本の文芸批評」の磁場に囚われていることは確かだ。……だが、仮にも批評家としての道を選んだ者は、フィクションの分析が行き詰まった地点で、自らがフィクションの実演に逃げ込むようなことはやはりやめるべきだとは思う。少なくとも、絓秀実が『タイム・スリップの断崖で』という書物の核心で書いていたこととは、近代国家なりの天皇制なりの分析をするのに当たって、フィクションの分析こそが必要不可欠であるということなのだった。
 現実社会の分析という局面ですら、文芸批評にしかできないようなことが確かにあるのならば、なぜそれを回避する必要があるのだろうか。


 訂正 大江健三郎の小説についての書誌情報で微妙に不正確な表現があったので訂正します。大江が主に68年に執筆・発表していた作品群が『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』として単行本になって出版されたのは、翌69年になってからでした。失礼しました。









絓秀実『タイム・スリップの断崖で』に見る、日本の文芸批評の問題点(中)

 前回の続き。絓秀実の『タイム・スリップの断崖で』を読みつつ、絓がだいぶ以前の段階で鎌田哲哉によって批判されていたようなことが依然として繰り返されているのではと思う一方で、ここにはより大きな文脈での、日本の文芸批評全般に共通する問題点が潜在的にあるのでは、と考えたのだった。
 さて、そのような問題に関して、私の知る限り最も自覚的なのは蓮實重彦である。ではそれはなんなのかというと、一言で言ってしまえば、「文学作品の実体であるテクストの具体的な分析の欠如」である。
 小林秀雄以降をとりあえずの区切りとして見たときに、日本の文芸批評は、文芸批評であるにもかかわらず文学作品のテクストそのものの記述・分析を回避してきた。そのことをことあるごとに強調するのとともに、小林秀雄をも手厳しく批判してきたのが蓮實なのであった。
 例えば、蓮實は、小林が詩的言語を初めとする特権的な芸術体験との自分の初めての邂逅を語ってみせ多くの後続者を引きつけ多大な影響力を行使してきた独特の語り口を、「遭遇のメロドラマ」として切って捨てる。
 なるほど、小林がランボーなりモーツァルトなりとの自分の最初の遭遇を語ってみせる言葉の内実を分析してみれば、そんなことなどおよそ現実にはありえなフィクションであることは明らかである。小林は、ある特定の芸術作品と、それに出会った自分の体験とを特権化するフィクションを流通させ、それを周囲に現実だと信じさせることによって、自身の批評家としての決定的な影響力を築く。……少なくともこのプロセスでは、批評家が芸術作品を具体的に分析することがなしですまされている。
 しかし、小林秀雄の批評をおおよそ以上のような立場から批判する蓮實がどのような批評をなしてきたのかと言えば、これが非常に入り組んだ、なかなかに複雑な事情がある。
 まず前提としなければならないのは、とりわけ映画批評家としての蓮實は、作品の実体に即した具体的な分析に継続的に取り組み続けてきたということだ。しかし一方で、蓮實が小林に対して批判したような、分析のない独立したフィクションとしての批評をも継続して手がけてきたという事実がある。
 とはいえ、蓮實が提示するフィクションには、小林とは決定的に異なる特徴がある。……小林の提示するフィクションの特徴とは、それがフィクションであるにもかかわらず、影響を受ける人々がまぎれもなく真実であると信じていた点にある。言ってみれば、小林のフィクションは「神話」である。これに対して、蓮實が自らの批評に紛れ込ませるフィクションは、誰がどう見てもホラ話だとわかるようなものでしかない。誰もがフィクションだと自覚して接する状況を前提とするのが蓮實のフィクションなのであるのだから、ここにあるのは、「近代以降のフィクション」の問題であるだろう(これは言い換えれば、蓮實の批評こそが「近代以降の天皇制」の問題を内在させるものであるのかもしれないということでもあるのだが、このことについては後述する)。
 蓮實重彦という批評家は、日本の文芸批評における記述・分析の欠如を指摘し、分析をせずにすませながら批評家が自分に都合のいいフィクションを流通させて影響力を行使するような事情を暴露する。しかしそれと同時に、自分自身もまたフィクションを堂々と流通させるのだが、その際、それがフィクションであることを隠そうとすらしないようなものであるため、非常に大きな影響力を持つに至りながらも、その巧みに構築されたフィクションを批判するのは難しい。……さらに言うと、そのようにして自身の影響力を築いた文芸批評家としての蓮實が、文学作品を実直に分析した主著を予告し続けていてもそれを出版することなど遂にないだろうとばかり私は考えていたのだが、なんと蓮實の『「ボヴァリー夫人」論』は実際に完成し本当に出版されてしまったのである。このことが、事情をさらに複雑なものにしている。
 蓮實重彦の批評は毀誉褒貶激しく、肯定する者も否定する者も夥しく存在するのではあるが、肯定する側も否定する側も、ほとんどの場合、蓮實の周囲にある極めて複雑ない事情を把握していない。蓮實は、自身の置かれた文脈や状況によって細かく立場を変更させ続けており、その言説は状況ごとに全て異なる色合いを持つのである。
 大ざっぱに言えば、蓮實は、状況に応じてモダニストとしての立場とポストモダニストとしての立場を細かく使い分けている。この複雑な状況は、日本が文化的な後進国でしかないゆえのことであると思うのだが――いずれにせよ、結果として蓮實の批評の性格は、単一の立場から単純に要約して把握できるようなものではありえない。
 そのことの具体例として挙げることができるのは、蓮實の精神分析なりアカデミックな映画研究なりに対する両義的な態度だろう。絓と渡辺直巳と城殿智行によるインタヴューの中で、蓮實は次のように語っている。


 私の立場は非常にインパーシャルというか、ユング流の思想ばかりが意味もなく珍重されている日本では、フロイト流の精神分析がもっと盛んになってほしいという真摯な思いが一方にあるのです。勿論、本当に盛んになったら潰すつもりですけどね(笑)。ただ、本格的な精神分析は、現在の日本の大学にはほとんど存在していないでしょう。これは、知の平衡感覚という視点から大いに問題だと真摯に思っているのです。大学の映画学研究にしても同じです。アメリカ流のフィルムスタディーズがもっとさかんになったら、これも潰すつもりでいます。しかし、現状としては、精神分析も映画学も、やはりもっと盛んにならないと困る。(「文学と映画をめぐって」『「知」的放蕩論序説』所収、p103)


 ここにあるのは、前回のエントリで取り上げたような、例えばフランスの左派がマクロンに接する際の両義的な態度と同質のものであるだろう。……蓮實は、まず近代的な文化が成立する前提として精神分析なり映画学なりが制度として整う必要を痛感しているのだが、それが制度として確立し硬直した瞬間に、批判的に脱構築しなければならないともみなしているのである。……言ってみれば、モダニストとしての立場からもポストモダニストとしての立場からもまともに機能する者が存在しない以上、自身が両方の局面で機能しなければならないという継続的な態度変更が、蓮實重彦の批評の核心に存在するのである。さらに言えば、これは文芸批評の文脈においては、ニュー・クリティシズム的なものの存在が前提とされなければまずいが、それが盲信されてもまずいということだろう。結果として蓮實の立場は文芸批評の文脈においてもかなり複雑なものであるのだが、蓮實の立場を単純な言説で裁断できると思えてしまう愚かさは、困ったものである。


 もちろん、蓮實重彦の批評の以上のような複雑に入り組んだ状況に比べれば、柄谷行人の批評は、極めて単純な文脈の元にある、率直でシンプルであるゆえにどこまでも明晰なものであるだろう。
 同時代的に多大な影響力を持った両者の批評は、時を経るごとに、その乖離の度合いを強めることにもなった。蓮實は、少なくとも映画批評においては、実際に画面に映っているものに即した記述をすることから批評を始めることを根付かせることに成功した(蓮實の映画批評にも功罪の両方があるのは当然のことだが、映画批評の文脈での蓮實を単純素朴に批判している者は事情をまるっきりわかっていないので、基本的に単なる馬鹿である)。しかし、文芸批評での文脈においては、映画批評においてほどの影響力を持つことはできなかった。
 一方で柄谷はと言えば、自身の議論の形式化・明晰化を押し進める過程で、文学作品と具体的に向かい合うことが希薄化することが継続した。……その結果として現れた状況は、柄谷以降の活動を開始し柄谷の影響下にある批評家の大半は、抽象的な議論はと言えば洗練され高度な形で展開できるものの、文学作品を具体的に記述・分析するようなことは、ほとんど全くと言っていいほどしない、ということであった。もはや彼らは作品を批評するのではなく、他人の批評を批評する。そこには相互に環流する議論があり高度な内容も存在するが(「他者」も「交通」も存在するわけだ)、作品の批評はない。ただ、批評家同士による、互いの批評の批評だけが存在するようになったわけだ。
 かなり長い迂回をしてしまったが、おおよそ以上のような文脈をふまえて初めて、絓秀実の置かれた状況の面倒な背景が理解できるように思える。……そして、絓の『タイム・スリップの断崖で』という時評集を読み込むということは、小林秀雄以降の日本の文芸批評の問題点をその身に引き受けてきた批評家が現代日本の問題と取り組んできたときに何が見えるのか、ということにほかならないのだ。
 実際、日本の文芸批評に存在する以上のような乖離は、この『タイム・スリップの断崖で』という時評集にも、直接的にその影響を刻みつけているように私には思える。……例えば、絓は、「時評集という性格から外れるため」という理由を述べつつ、連載第一回の大西巨人論を単行本未収録としている。
 私自身は、その大西巨人論を未読のため、収録した場合に書物としての性格がどのように変わるのについては何とも言えない。……しかし、それ以前の問題として、「文芸批評」と「時評」は、本当にそのように区別できるものなのか。
 裁判員制度について論じる絓は、近代国家の前提をなす社会契約説を「フィクション」だと明言している(p156~162)。あるいは、現在の視点から総括した結語に至って、近代国家の「選挙」という行動を、有権者がその都度「自然人」と仮構されることによって成立する擬制であることを、改めて念押ししてもいる(p302~307)。
 つまり、絓自身は、近代国家の成立そのものが「フィクション」を基盤としていることを前提としつつ、その社会状況を分析する時評においては、フィクションの分析を「異なる性格」のものとして除外しているのである。
 フィクションの分析をしなければ近代社会を分析することは貫徹しないということこそが、絓の立場であるだろう。にもかかわらず、絓自身は、ごく単純な常識に則り、フィクションの分析と社会の分析とを区別する……この両義的な態度が、おそらくは日本の文芸批評の問題点がそのままに反映されたものであろうということは、既に述べたとおりだ。
 そして、以上のように状況を確認すれば、日本の文芸批評が取りこぼしてきたものがなんであったのかもわかると思う。……つまり、近代国家の日本におけるあり方、フィクションとしての天皇制をいかに記述するかということを、それ自体をフィクションの内部に処理しえた者は、確実に存在した。にもかかわらず、そこで何が起きているのかをフィクションの分析を通して明らかにするような、その核心部分を射抜くような文芸批評は、遂に存在しなかった、ということだ。



          (続く)











絓秀実『タイム・スリップの断崖で』に見る、日本の文芸批評の問題点(上)

 絓秀実の時評集『タイム・スリップの断崖で』を読んだ。この書物は、もともとは雑誌「en-taxi」に連載されていた時評をまとめたもの。もともとの雑誌が季刊誌であったため、いざ単著としてまとめてみると十年ぶん以上もの分量がある。そのため、今となっては過去のものとなってしまった事件に対する言及も多いため、単行本化に際して膨大な量の脚注が添えられている。また、各回の末尾には、絓の現在の視点からの短いコメントをつけてもいる。
 私自身は、初出の時点で読んでいる時評もあれば未読のものもあったのだが……以上のような、多くの時間軸が複雑にからみあい交錯するようなテクストが結果として実現しており、へたな小説などよりもよほど面白く読めるような書物になりえていると言える(個人的に民俗学はあまり詳しくないもんで、新刊の『アナキスト民俗学』を読むのは先延ばしになってしまっているのだが、そのうち読みま~す)。
 それにしても、そのような時評集の第一回を読むことは、確かに、わざわざ題名に「タイム・スリップ」と銘打たれているのがおかしくないと思えるほどに、奇妙な時間感覚を呼び覚ますことであった。もともとの連載の最後は2015年末だから、ほぼ現在と地続きのことであると言える――しかし、2004年の初回で言及されることはと言えば、イラク戦争下で拘束された三人の日本人人質に対するバッシングに関することなのである。
 これは、既にあまりにも遠く離れた過去の出来事であるかのように思える……しかし、いざ時評を読んでみると、そこで提出されている問題は、現在の日本においても悪無限のごとく何度も何度も繰り返し立ち現れている、われわれが全く抜け出ていない同一の問題であることも明らかなのだ。


 本来なら改めて言うまでもないことであるはずなのだが、武装勢力に拘束された人質たちには、法律的な意味でも道義的な意味でも、何ら責められるべき点はない。むしろ彼らを保護し擁護することこそが、イラク戦争への加担を決定した日本の「国益」に叶うのであり、感情的に気に入らない相手をヒステリックにバッシングすることは、ストレス解消にこそなりはすれ、誰の利益にもならない。
 だからこそ、当時のブッシュ政権下で国務長官であったコリン・パウエルが人質たちを擁護したことは、多少なりともまともな理性を備えた政治家が自国及び同盟国の利益を考えるならば、単に当たり前の行動なのであった。
 おおよそ以上のような状況をふまえた上で、当時の絓が問題としていたのは、パウエルの発言に飛びつき迎合した、日本国内の左派のことである。……なるほど、当時の日本国内で吹き荒れた、ひたすら感情的な罵詈雑言が飛び交い、近代国家の枠内で大前提として成立しているはずのルールすらわかっておらず、むしろそれに手を染める側の方こそが「国益」を損ないすらするバッシングの嵐は、単に愚かである。そこからすれば、パウエルの発言は相対的にはどう見てもまともであり、とりあえずはこれを支持しておく態度に、左派としてはあらがえない。……しかし、もちろんそれは、イラク戦争そのものに反対している左派の立場からすればありえないことなのであり、本末転倒な事態である。
 そして、絓は、以上のようなイラク戦争下での日本国内の左派の奇妙なねじれは、ベトナム戦争下での反戦運動の頃から、そのまま継承されてきてしまっていることをも指摘するのだ。
 ……以上のような連載第一回の内容を読むと、絓がこの時点で指摘していた国内の問題は、現在に至ってもなおそのまま繰り返されてしまっていることがわかる(絓自身が、現在の時点からのコメントとして「以後、出来不出来や幾つものブレはあるが、同じ事ばかり書いてきたような気がする」と書き添えてもいる)。
 ひたすらどこまでも、底などというものが存在しないかのごとく堕落し続け劣化し続ける言説が飛び交い続ける中で、近代国家が成立する枠組みはとりあえずふまえている理知的な発言がなされている数少ない例外があれば、とりあえずそれに飛びついてしまう――例えば左派にとっては、それが、ひとたびそれを支持してしまえば自らの存在意義の前提が崩壊してしまうような対象であってさえも。
 イラク戦争下の日米関係においてコリン・パウエルが果たした役割を、その後の日本国内の様々な問題の中で果たす存在として急速に浮上してきてしまう対象――そのようなものとして、連載が進むにつれ絓がたびたび言及することになるのは、もちろん、個人としての天皇なのである。


 絓秀実の『タイム・スリップの断崖で』という著作は、同時代的な状況についてリアルタイムで書き継がれてきた時評集でありながら、日本国内の様々な問題の核心的な部分――核心的でありすぎるがゆえに、それがそこにあることをわかっている者も、あえて明示的には語りたがらない部分――を、明晰に述べることに成功している。
 とはいえ、文芸評論家としての絓のこれまでの仕事とも照らし合わせて考えてみると、この時評集での絓の態度に疑問を覚えるのも事実ではあるのだ。……例えば、絓は、柄谷行人と福田和也との鼎談において文芸批評の全般的な問題を議論するような文脈においては、さかんに「アジビラ」としての批評のあり方を主張している。


 僕はもう少し志が低くて、アジビラを書くようにして批評を書きたいと思っていたんですね。そして、そのような批評から最も遠いように見えたのが戦後派文学の批評だったし、戦後派は小林秀雄とそんなに変わらないんじゃないかとも思ったんです。花田清輝の初期なんかは、いい意味でアジビラじゃないですか。
 そういう意味で、僕にとって一九三〇年代と現在は連続していますし、その意味では僕は未だに、柄谷さんにバカにされる全共闘なのです。『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』を読むと、ああ、これはアジビラ集だと思ってしまう。それは、たとえばベンヤミンを読んでも変わらない問題ではないかと思います。(「20世紀の批評を考える」、『皆殺し文芸批評』所収、p70)



 そこに書かれていることが人を煽動し動員するために誇張された駄法螺の類であったとしても、よくできた「アジビラ」であるならば、絓はとりあえずそれを支持するのであろう。
 実際、この著作におけるスガ自身が問題の所在を明確化する以外の、現状の改変のために提起できていることはと言えば、煽動的な「アジビラ」とも言えるような駄法螺を述べることだけである。例えば2006年4~6月の時評で、「誰も反対しない国民運動」としてのクール・ビズに対して、クール・ビズのモデルとは『はぐれ刑事純情派』であると言い張ってみるところなどがそれにあたる。
 このようなフィクションの提示の仕方は蓮實重彦の影響下にあるように思えるが、駄法螺としても蓮實に比べればはるかに弱く穏健なものでしかないし、時評を重ねるにつれてそんな駄法螺すらなりを潜めていき、単なる現状の告発のみが展開されることにもなる。……これでは、まるで絓がただの真面目な良識派であるみたいではないか。
 いずれにせよ、即座に改変しづらい複雑な現状へと提起される立場として、フィクションであることが自覚的なプロパガンダを容認するのであれば……当座の状況の改善のために、フィクションであることを承知の上で例えばパウエルをいったん支持するようなことも、絓の立場からすればそれを批判すべき理由は見あたらないようにも思える。
 もちろん、これがフランスのような場所であれば、とりあえずマリーヌ・ルペンの大統領当選という最悪の事態を回避し当座をしのぐためマクロンを支持しておきながら、マクロンが当選した瞬間に即座にマクロン批判に反転するような左派の立場も成立するだろう。そして、日本国内の左派にはそのような聡明なフットワークの軽さはなく、仮に同じ状況が日本にあれば、ルペンを阻止する運動の渦中でマクロンの「いい人」ぶりに感動してしまうような素朴さを見せたりもするだろう。おそらく絓がいらついているのはそのような日本の左派の愚かさなのであろうが、しかし、聡明さと愚かさの間にかなりの落差があるとは言え、その差は相対的なものにすぎず、本来なら批判するべき対象を状況に合わせていったん許容してしまっているという点で両者の行動は同じ基盤の上にある。……ならば、パウエルの言葉を逆手に取り換骨奪胎して自分たちに都合のいいアジビラに書き換えてしまい、自分たちの動員に利用できるような聡明な左派が日本でもありうるのならば、絓はいったいどのような立場を取るのだろうか。
 『タイム・スリップの断崖で』における絓秀実は、日本国内の複雑に入り組んだ問題に一貫し何度も回帰する問題を暴きつつ、問題の核心部分から目を逸らす国内の左派のインテリ層の欺瞞をもえぐり出す。しかし、ではどうすればいいのかということもよくわからないのだが、それ以上に、これまでの絓の活動で肯定的に述べられていたことは、時評集で厳しく批判される「日本の左派」の態度と根本的に違いがあるとも思えないのである。煽動的なアジビラを書く過程で事実は捨象されてもかまわないと事実上容認している絓の態度は、本来肯定するべきでないものと妥協して容認する「日本の左派」の態度と同類としか思えないということだ。


 絓秀実の文芸評論家としての活動をある程度まとめて追ってきつつ、絓の著作に加えられてきた論評をも読んできた読者であるならば、私が『タイム・スリップの断崖で』に関して述べているような絓の著作の傾向は、とっくの昔に指摘されていることを知っているであろう。それは、鎌田哲哉が「早稲田文学」に連載していた「進行中の批評」で一回を割いた「絓秀実は探している」で論じられていたことだ。
 鎌田によれば、絓の議論は非常に明晰でありながら、どのような異なる文脈の議論においても、同型の問題に回帰してしまうことを繰り返してきたのだという。鎌田は、例えば次のように書いている。


 処女作『花田清輝』以来、絓秀実の著作は分析の至る個所でつねに同型的な論理に貫かれている。通読の過程では、この反復は単に退屈でしかない。(「進行中の批評③ 秀実は探している」、「早稲田文学」2001年7月号所収、p68)


 分析の進行はすべてこうである。(1)事態A(引用順に、超越性/ロマン主義/表象代行作用/レギュラーな警察的知/故郷/詩)は、ある歴史的条件の下でその自明性を失い、事態B(具体的な世界/リアリズム/表象代行作用の失調/イレギュラーな探偵的知/故郷喪失/散文)に脅かされ動揺させられる。(2)だがより深いレベルでは、事態Bの作用は「知らず知らず」あるいは「徹底的な敢行」のうちに事態A'を回帰させ、以下動揺と回帰のループが言説の各水準で悪無限的に続く、と。
 明らかに、「奴の悪循環」(『小説的強度』)への洞察こそ
秀実の批評の核=定数である。私の知る範囲で、この定数が絓の意識を離れたことは一度としてなく、いかなる事態を解析しても同じ光景しか彼は見いだしえていない。(同、p69、ルビは省略)


 ……おそらくは、このような怜悧な指摘が存在したことも、絓が自らの時評集を現在の視点で振り返りつつ「同じ事ばかり書いてきた」と述べたことの一因なのではなかろうか。
 そして、絓の著作を巡る以上のようなもろもろをふまえて、改めて現在の視点から見てみると、私としては、鎌田が絓の批評の問題として指摘したことは、実は、より大きな文脈、「日本の文芸批評」の全般に共通しているかなり致命的な問題点にその根があるように思えるのだ。……加えて言えば、鎌田が指摘する絓の問題は、その大きな文脈であれば、鎌田自身もまた犯してしまっている失策であるとも私は考えている。




          (続く)











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