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前のエントリの補足

 前のエントリに補足として「付記」を付け足したのですが、最後の部分で目立ちにくいところにあるため、見落とされる方がいるかもしれないと思い、改めてエントリを立てて再掲します。


 このエントリを独立した記事として読まれた方の中に誤解が生じているようなので、補足をば。なぜこのエントリを書いたかと言うと、もともと、私がサミュエル・ベケットのジョイス論について感想を書いているエントリがあったからです。そして、ジョイス論と関連する文脈で「モダニズム」という用語を持ち出しているのにもかかわらず、明らかに意味不明なダメ出しをしてくる者がいました。
 で、その本人と直接やり取りをした結果、


「最初から、私がしているのは狭義のモダニズムの話です」
→「狭義のモダニズムとはなんですか?」
→「エズラ・パウンドやT・S・エリオットやジョイスなどの潮流のことです。こういった潮流としてのモダニズムは、近代文学とは区別することが普通です」
→「近代文学とモダニズムを区別するなんて聞いたことがありません」


という趣旨のやり取りがありました。
 私が最初から英語圏のモダニズムについて話をしているのは明らかであるのにもかかわらず(というか、そもそも「モダニズム」が英語なので、断りが無かったら英語圏の話をしていることになっても何もおかしくはないと思うのだが)、英語圏における「近代文学とモダニズムの区別」など存在しないかのように振舞いつつ、文学研究に携わっている……という人がいたわけです。そのため、「え、もしかして、英語圏での近代文学とモダニズムの区別自体が存在しないことになっちゃうの?」と考えたから、この記事を書くに至ったわけです。
 まあ、もともとモダニズムの多様な用法を把握している方がこのエントリを読んだ場合、言及されていないものがあると不審に感じてもおかしくないと思えるため、補足する次第です。……しかし、(パウンドやエリオットやジョイスに関することだと断りを受けた上で)近代文学とモダニズムの区別が存在するということ自体を聞いたことがないと言い放った当人が、さも、元々の原因が英文学と仏文学の用語の把握の違いであったかのような印象操作をする「エアリプ」をしていることについては、開いた口が塞がらないとしか言いようがないですがね。





「近代性」と「モダニズム」の概念について――高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』を読む

 今回のエントリでは、高山宏の『近代文化史入門 超英文学講義』の主要な論点を整理しつつ、私が文学史上において興味を持っている部分との関わりあいについてまで述べてみたい。……というのも、この書物は、英文学史の文脈において、いかにして「近代性」の概念が成立し、それを食い破るものとしての「モダニズム」が生成したのか――というごくオーソドックなテーマを、非常に特異な方法で論じているからだ。
 さて、この書物においてまず高山が問題とするのは、シェイクスピアの評価の変遷だ。単純に文学史の知識を年代順に並べて覚えている限りでは、英文学史上のみならず世界文学史上においても最重要の存在であるシェイクスピアの評価は、一貫してずっと揺るぎないものであり続けたかのように思えてしまう。しかし実際には、生前はおろかその死後も長きに渡ってシェイクスピアの評価は確立していたわけではなく、時代ごとに揺らぎ続けていた。……結果として、単にある時代にどのような文学作品が輩出したのかということのみならず、ある時代にどのような過去の作品がどのように評価されたのかということもまた、その時代の文学を読み解く上で重要な契機となりうる。
 本来、シェイクスピアの戯曲はあくまでも上演されるために書かれたものである以上、書き言葉として確定される以前の話し言葉の状態では、いかにもあいまいな、複数の意味で多義的に解釈できるズレを内包する。また、そのような多義性は、書き言葉としての詩作品にも見られる特徴である。……そして、シェイクスピアの作品がまさにそのような多義性、あいまいさを内包するがゆえに、あいまいさを排し言葉の明確な意味を確定し整理された表象のシステムが整備されていく価値観の中で抑圧されることになったのだと、高山は言う。
 英国の状況に沿って具体的に述べると、シェイクスピアより少し下った1660年代における王立協会の覇権の確立によって、シェイクスピア的なものが抑圧される体制が固まったのだという。


 このように、二十世紀後半のシェイクスピア像は、かつてどの時代にも見られなかったシェイクスピアだが、多分原寸大であろうと思われる。たとえそうでなかったとしても、二十世紀後半にぼくたちが見たシェイクスピアとしてとらえればいい。ともかくそういう「復権」が必要なほどシェイクスピアを表舞台から抑圧したもの、その力が支配した約三百年を「近代」と呼ぶことにしよう。
 これから述べる「近代」三百年は、ぼく流にいうならば、ロンドン王立協会が登場してから後の三百年である。ぼくの脳裡にそなえられた歴史年表によれば、たしかに一六六〇年から多方面に大きな変化が認められる。(『近代文化史入門 超英文学講義』、講談社学術文庫版、p49)



 全世界的に、近代の三百年間、多義的なもの、あいまいなものはだめだといわれてきた。それが、「あいまい」ではなく「多義的」なのだという積極的評価に転換しようという大きな動きが一九二〇年代に英文学の中にあり、一九六〇年代になって、「多義性」に価値を与える動きがたしかによみがえってきた。(同、p36)


 もともと、シェイクスピアの評価が不動のものとして存在していたのではなかった。それはむしろ、「近代性」の価値観が確立した状況の内部ではおとしめられるようなものだったのであり……だからこそ、「近代性」に疑いを持ち再検討を迫る運動の勃興の中でこそ、抑圧されていた価値観が再発見されることになったわけだ。
 そして、「近代性」の覇権の内部で成立したものが近代文学であるゆえに、次のような記述も出てくることになる。


 近代文学(ロマン派、象徴派)に及ぼした王立協会的な言語観の決定的影響というテーマについては、唯一にして決定的なジョン・ノイバウアーの『象徴主義と記号論理学』(一九七八)なる本が何としても邦訳されなければならなかった。(同、p273)


 英国の文脈で言えば、王立協会的な堅固で整然とした表象システム、その言語観の内部で、「近代文学」は把握される。……だからこそ、そんな「近代性」の勃興と終焉とを見据えた書物の冒頭において高山が示す見取り図は、次のようなものになるわけだ。


 ひとつには、過ぐる百年への展望が文字通りに可能になった年ということで、ぼくなりの二十世紀の学問史・文化史の流れというものへの捉え方、ないしチャートを示した。結果的には一九二〇年代からモダニズム、一九五〇年代からポストモダニズム、一九八〇年代からの「批評の季節」という割合旧套な見方と一致した(ところが面白いとも思う)が、その作業を、ぼくはいわば自前でやっていったことになっていて、スタンスとしてはアカデミーと巷間在野の好奇心のちょうど間というところであるように思う。(同、p3~4)


 英文学史におけるモダニズムの勃興は、そもそも、抑圧されていたシェイクスピアの再評価と同時に生起するものであったのだ。文学・芸術におけるモダニズムとは、そもそも近代的な価値観に対する再検討・反逆の類の運動である以上、当然のことではあるのだが……では、モダニズムとは、厳密に言えば何なのだろうか。


 まあ、本来ならこんなことをわざわざ書く必要はないとは思うのだが……しかし、世の中には、文学史の文脈において、「モダニズム」と「近代文学」の区別がつかないような者もいるらしいので、ことによると、初学者にはありがちなミスであるのかもしれない(……とはいえ、英米文学史の教科書なんかだと、その目次ですら明確に区別されて記載されている程度の基礎用語に過ぎないのだが……)。
 例えば、著名な批評家でありカルチュラル・スタディーズの祖の一人ともされるレイモンド・ウィリアムズは、その『キーワード辞典』の「近代 modern」の項目において、この言葉が時代ごとにどのような意味を担ってきたのか、その変遷を詳細に記述し、modernから派生したmodernityやmodernizeやmodernismなどについても述べた上で、次のように書いている。


 modernとその関連語の好ましくない印象を伝える意味はその後もずっと使われているが、一九世紀全般にわたって、そして二〇世紀になると、非常に目立つ形でその逆方向に向かう強力な動きがあり、その結果、modernは「向上した(improved)」、「満足のいく」、あるいは「効率のよい」といった語とほとんど同じ意味になった。modernismとmodernistは、さらに特殊なものに限定されて、ある種の傾向を、とりわけ一八九〇年頃から一九四〇年頃にかけての実験的な美術や文学、つまりモダニズムをさすようになったが、このことがもとでその後modernist(モダニスト、近代主義者)と(最新式の)modern(現代的な人)とは区別されるようになった。(『[完訳]キーワード辞典』、平凡社ライブラリー版、p354~355)


 modernismとは、結果として「特殊なものに限定され」た用語であるゆえに、上記のような狭い意味を持つことになった。とはいえ、これは文化・芸術全般における用法であり、文学の文脈においては、意味はさらに狭く限定されることになる。
 そうはいっても、それでもなお「モダニズム」の意味はブレを含む。……そのため、ここでは、文学研究者がどのような文脈で言及しているかを参照してみよう。例えば、富山英俊の編著になる『アメリカン・モダニズム』は、アメリカにおいてモダニズムを担った詩人たちを研究した論文集である。そして富山は書物の冒頭において、「モダニズム」の用法のあいまいさを認めた上で、次のように記述している。


だから、二十世紀初頭に続々と登場しアメリカ詩の開花を達成した一群の詩人たちの総称として「モダニスト」を用いることは妥当なのだが、彼らの共有する「モダニズム」を狭く特定することはかなり難しい。そしてじっさい「モダニズム」という語のいまだにもっとも説得的な用法は、パウンドを中心にエリオットとジョイス(ほか)を結ぶそれであって、そこでは確かに、「ロマン主義」的な主観の放恣を排するある種の「古典主義」、伝統・古典への引用・言及、神話を現代世界を描く枠組みとして使う方法、といった共通の内容を措定することができる(かれらがそれらの内容に尽きるはずはないが)。(『アメリカン・モダニズム パウンド・エリオット・ウィリアムズ・スティーヴンズ』、p11~12)


 ……長々と寄り道をしてしまったが、以上が、文学研究において「モダニズム」という用語が使われる際の実態である。一応念のため、私自身は、ミネルヴァ書房の『英語文学事典』や松柏社の『アメリカ文学必須用語辞典』といった用語辞典の類も参照したのだが、ほぼ同類の定義しか記載されていないため、ここでは省略する。
 また、運動としての「モダニズム」が文学において果たした成果の結果として現れた作品群の総体が要するに「モダニズム文学」である……ということになるわけだが、これはまあ和製英語のようなもので、英語ではmodernist literatureとかliterary modernismなどと言うのが普通であることも書き添えておこう。
 ところが、である。なんともけったいなことに、以上の全てをひっくり返す主張をする者も存在するらしい。文学研究に携わっているのだけれど、「モダニズム」と「近代文学」を区別するなんて今まで一度も聞いたことがありませ~ん、などという者がいるというのだ。……もしそれが正しいのであれば、私がその著作から引用した高山宏や富山英俊などの研究者はいずれも研究者失格の烙印を押されてしまうことになるわけだし、私が参照した用語辞典の類も全てインチキだということになるし……そもそもレイモンド・ウィリアムズの書いていたことが完全にデタラメであったということは、ウィリアムズ以降現在に至るまでのカルチュラル・スタディーズという領域全体が全滅である、ということになってしまう……。


 ……まあ、とりあえず、そんな珍説はとりあえず捨て置いて、話を進めよう。
 シェイクスピアの評価一つとっても、シェイクスピアの生きた時代以来揺らぎがなく均一なのではなく、評価の変動それ自体が、文学史で同時代的に生起しつつあることと連動している。……だからこそ、近代の束縛から離れてシェイクスピアを読み直すこと自体が、近代的価値観の再検討としてのモダニズムの運動と、全く同一の存在によって担われるようなことも起こる、と。


 やっと一九二〇年代に入って、T・S・エリオットをはじめとして、「エリザベス朝という時代はあいまいな英語で成り立った文化で、これからの自分たちにもその富は必要」として「エリザベス朝リヴァイヴァル」の運動が急に盛り上がる。三百年間にわたり抑圧されてきたシェイクスピアを、なんとか元の形で蘇らせようということになる。(『近代文化史入門 超英文学講義』、p42)


 一九二〇年代は、「モダニズム」のレッテルで簡単に処理されがちだが、英文学でいえば、十七世紀の初めのアンビギュアスな文学の富が、その後すぐに王立協会によって抑圧されたとして、その抑圧された何かをそのままリヴァイヴァルさせた時代だという図式にすることができる。それに、これもエリザベス朝大好きのロマン派などをはめこんでいくと、ジグソーパズルのようなユニークな循環史観、一種サイクリックな英文学の歴史を綴ることができる。(同、p43)


 ……以上のような記述を読めばわかるとおり、『近代文化史入門』において高山が描いてみせる英文学史の見取り図は、従来のオーソドックスなそれと比べても、根本的な相違をはらむことはない。高山の記述が特異なのは、文学史における重要な出来事が、英国であれば英国の文化的な文脈全体の中で、どのような事実の影響下にあったかを明らかにしていくからだ。
 なるほど、ただ単に文学の世界の内部で起きたことだけを記述することによって文学史を形成しても、うまく説明のできないことは数多く出てくる。例えば、文学におけるモダニズムは英米を中心に生起したわけだが、それ以前の段階で近代文学、とりわけ小説がオーソドックスなフォーマットを完成させるに至ったのは、ドイツやフランスにおいてであった。つまり、文学作品そのものの連鎖しか見ない限りでは、ドイツやフランスで発展した近代文学に対するアンチテーゼは、なぜか英米で発展したーーということを事実として記述することしかできず、その因果関係を説明するに至らないわけだ。英国なら英国において、文学の外部においてどのような出来事が起きていたのかまでをも含めて把握することで、モダニズムが発達した必然性までとらえることができるのだろう。
 例えば、この書物における高山は、近代文学が発達しつつあった時期の英国において、ニュートンの『光学』が登場し、文学者にまで読まれたことの重要性をも指摘してみせる。光学の理解が進展したことの結果として、文学作品に使われる言葉の中での形容詞や副詞のような修飾要素の比重が増大し、視覚的描写が発達し、動詞などのウェイトは逆に軽くなる……というような変化が起きたというのだ。


 『近代文化史入門』においては、そのような観点から改めて英文学史がとらえられているため、1920年代におけるモダニズムの発達に関しても、文学のみならず様々な方面から把握されることになる。例えば、美術の文脈では、マニエリスムの問題が挙げられる。
 もちろん、ヨーロッパの美術史におけるマニエリスムと言えば、そもそも近代化が押し進められる以前、16世紀の問題である。しかし、この概念もまた、均等な評価を受け続けてきたわけではなく、近代においてはむしろ抑圧されて、だいぶのちに再評価を受けたものである……そのように整理した上で、高山は次のように述べる。


 考えてみると、一九二〇年代の知的革新の試みは、マニエリスムをよみがえらせようとする美術史から始まる。知性が細分化され行き詰まったときに、今までそれを行き詰まらせていた壁や境界としての領域区分を越えることを考える。そのときにその方法として言語ではなく、なぜかいつも絵を手がかりにしている。
 絵というと少し語弊があるので、広い意味での「イメージ」といっておく。それが一九二〇年代の文化史的に一番大きな意味である。それがたとえばアートにあらわれたのがモダニズム。だれもがそういって研究する分野である。(同、p252)


 文学において、シェイクスピアの再評価がモダニズムと結びつきあっていたように、マニエリスムの再評価もまた、美術の同時代的な運動との関連性がとらえられるのだという。


 マニエリスムが一九二〇年代のシュルレアリスムによみがえるという発想は、だから説得力がある。シュルレアリスムの本場フランスの人がホッケの『迷宮としての世界』をフランス語に翻訳する際には、副題を「シュルレアリスムの出発点」としている。マニエリスム概念は、基本的には東ヨーロッパ、中央ヨーロッパで発展し、第二次世界大戦を契機に、今のドイツに必要なのはこれだとばかりにドイツ人が流行させた概念なのに、シュルレアリスムの母国のフランス人たちは、知ったことではない。(同、p65)


 そして、以上のようなことは、文学・芸術のみならず、1920年代のヨーロッパにおいて連動して発生した事態であるのだとされる。


 哲学の世界では、記述の哲学が終わり、現象学が登場していた。また、かつてのニュートン・モデルの力学が崩壊し、量子物理学が始動する。アートでは、遠近法が終わり、キュビズムが始まる。
 それがみんな、一九二六年、二七年に集中している。それを専門家たちは「モダニズム」と呼ぶが、我々は、もっと下世話に「推理小説の終わり」あるいは「メタ推理小説が始まった時代」と呼ぶことにしよう。(同、p246)


 英国に固有の状況においては文学で噴出することになったモダニズムの問題系は、ヨーロッパ全体において他分野との兼ね合いも含めて考えるのであれば、より大きな文脈で同時代的に発生しつつある運動の一つの局面に過ぎなかったわけだ。


 さて、高山宏の『近代文化史入門』は、おおよそ以上のような見取り図に要約できるような形で、「近代性」と「モダニズム」の関連性を分析してみせる書物である。文学について論じるにあたっても、文学の内部のことしか視界に入れていない限りでは見えてこないことが次々に具体的に示されていくため、自ら「超英文学」と冠するのにも納得がいくところだ。
 ただ、私が最近個人的な興味を持っていることに関して、言及されてはいるものの、あまり主題として掘り下げられていないものがある。「崇高(サブライム)」の概念である。


 見ることのネガティブな問題も、ヨーロッパはちゃんと理論化してみせていた。それが一七五七年、エドマンド・バーク(一七二九~一七九七)の『崇高と美の観念の起源』である。あらゆる恐怖怪奇サブカルチャーにとってのバイブル、出発点というべきすごい本である。
 気持ちがいいという快楽を「プレジャー」と呼ぶ。人間にとって何が「快楽」か。
 山で落石に遭う、嵐で船が沈む、隣の家の火事で類焼するというカタストロフィーの瞬間、しかしそうした恐怖、危険が除去され、回避される、あるいは他人事であると感じられる安堵、安心感。それをしも快楽と呼ぶとすれば、「プレジャー」というのとは自ずとちがう。
 バークはそれを「ディライト」と呼んでいる。ドイツ人なら「シャーデンフロイデ(苦悩の喜び)」と呼ぶだろう。他人の不幸は密の味、という奴だ。バークはそれを積極的プレジャーと区別して「ディライト」と呼び、それを引き起こす対象を「サブライム」と呼んだ。今日我々が災害報道番組を見て、スプラッター映画を楽しむ歪んだ感性は、このときすでに理論化されていたのだ。
 そして面倒な議論を省いていえば、この「サブライム」美学に極限化したものが、ピクチャレスクという負の美学だった。(同、p150~151)


 以上のような記述をふまえた上で、高山は、むしろ「ピクチャレスク」の概念の具体的なあり方を細かく記述し、「サブライム」の概念そのものにはあまり触れない。……とはいえ、高山が「近代性」と「モダニズム」に関して示した見取り図を参照すれば、文学史におけるサブライムの問題の位置づけを検討することも可能だろう。
 既に上記引用部で述べられているように、「崇高」の概念はエドマンド・バークによって理論化された。そして、この理論はイギリスのロマン主義に影響を与えつつ、当時の通俗的な娯楽小説であったゴシック・ロマンスの発想源の一つともなっている。そして、この両者の潮流は無関係なものではなく、シェリー夫妻やバイロン卿のように、双方に重複する担い手を持っていた。
 一方、おそらくはバークの議論にも影響を受けつつ、『判断力批判』におけるイマヌエル・カントは、美と崇高の区別を明確に理論化し、近代以降の美学の礎を築く。そして、このような議論は、ドイツ・ロマン派の展開にも引き継がれることにもなる。
 ……さて、以上のように整理すればわかる通り、美と崇高の区別は、既に近代において議論されていたことであった。しかし、従来の正統的な「美」の概念からすれば著しく外れる「崇高」の概念がまず小説の形態に適応されたときに形をなしたゴシック・ロマンスは、同時代的な評価としては、低級でくだらない……というものでしかなかった。
 単に小説のみならず、欧米のフィクション全般におけるホラーの分野の源流をたどると、ゴシック・ロマンスに行き着くことになる。しかし、それだけ広範な影響力を持つものであるにもかかわらず、ゴシック・ロマンスに対する低い評価は継続的なものであり、文学史の中でまともに位置づけられるようになってきたのは、比較的最近のことに過ぎない。
 ここで、一つその例証を挙げよう。『ボルヘスのイギリス文学講義』という書物があるのだが、これは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスが50~60年代に講義していた内容を書物の形態にまとめ直したものであるようだ。そして、英文学の通史を扱っているのだが……ゴシック・ロマンスに関しては、その存在そのものを完全に無視しているのである。
 もちろん、ゴシック・ロマンスの評価が進んだのが最近である以上、当時の時点でのそのような評価に、学術的な問題があったわけではない。……とはいえ、ゴシック・ロマンスが低俗だとされ軽蔑されていたにもかかわらず、E・T・A・ホフマンやエドガー・アラン・ポウなどは、既に十九世紀の段階で、ゴシック・ロマンスを読み込みその影響を積極的に自作の中に取り込んでいたのである。そして、モダニズムの源流たるシャルル・ボードレールは、ホフマンとポウの両者から決定的な影響を受けているのである(……というか、そもそもボードレール自身もまた、ゴシック・ロマンスに接している)。
 近代の価値観が支配的な状況下においては、そこから外れる「崇高」の概念は抑圧されることとなり、結果として、その具現化の一形態である怪奇小説は、低俗として見下されたものにとどまるしかなかった……しかし、近代に対する懐疑が噴出しモダニズムの運動が勃興したとき、その源流をたどってみれば、確実にその発想源の一つになっていたーーと、言うことができると思うのだ。
 例えばボルヘスのような人物にしても、個々の具体的な作品に関しては、怪奇小説の中でも高い評価を与えるものもあったのは事実ではある。しかし、英文学史の中からゴシック・ロマンスという潮流全体を省いても通史が成立すると平然とみなしていたことーーそんなことを鑑みるにつけ、「近代性」に対する批判としての「モダニズム」の概念は、依然としてあまり理解されていないのではないか……などという危惧を持ってしまうのだ。


 ……というわけで、以前ボルヘスについて書いたエントリで考えていたことを、背景知識なんかを可能な限り省略して読みやすい・わかりやすいものにしたりすることを特に意識せず、むしろ必要情報を全部漏らさずに書くと、以上のような感じになります。
 書いてみて改めてわかったのは、こういう書き方だと、書いてる自分としてはひじょーに楽だということですね。多種多様な情報がある中で、最低限これだけは必要だという情報に絞り込み、飲み込みやすいようにかみ砕いて解きほぐし、とっつきやすい表現に変える……などという作業は、ものすごい負荷がかかるんだなあ、と実感しました。だって、こういう書き方だと、自分にとって必要な情報を自分がわかるように整理しているだけ(……まあ、「モダニズム」という用語の定義をいちいち書いている部分なんかは私自身には不必要なのですが)なので、表現の水準のことを考えるまでもなく、サクサクと書けてしまいますから。……しかし、このブログは、もともと私自身のための学習ノートを公開しているだけのものなので、別にこれでよかったんですよねえ。
 こういう書き方をすると、謎のデタラメ理論に基づいて意味不明のダメ出しをしてきた挙げ句、自分の方がわかっていると謎の優越感に浸った上でインテリごっこに興じるような輩はさすがに寄ってこないかと思うんですが、どうですかねえ。


 改めて繰り返しますが、このエントリは、以前ボルヘスに関するエントリでいちいち明示せずにはいたものの前提としていた知識を開示した上で、ほぼ同趣旨の内容を書き直したものです。
 以前のエントリに意味不明のダメ出しをしてきた人物とやり取りをした結果……まあ、あまりよく覚えていないので不確かな記憶に頼った表現になってしまうのですが、たしかこんなことを言われました――「モダニズム文学とモダニズムとは全然違います! 近代文学はモダニズムの中に内包されます! STAP細胞はあります!」、なーんて言ってましたかね。
 まあ、これが正しいのだとすると、このエントリで私が書いてきたこと、また参照した文献の書き手の言説の全ても、完全に根も葉もない全くのデタラメだということになってしまうので、きちんと納得のできる言説で筋道立てて明らかにして欲しいもんですな。全然違うのだという、「モダニズム文学」と「モダニズム」の、根本的な定義とかね。まあ、できるもんならね。
 いずれにせよ、今回の件で改めて実感したのは、日本のアカデミズムって、やっぱもう崩壊しつつあるのね……ということでした。だってですよ、例えば近代文学とモダニズムの区別なんつーことは英米文学史の基礎的な教科書の目次にすらのってるようなことなわけで、それを初めて聞いた! とか言えちゃうような人が、文学研究してま~す、とか自己申告できるんですよ?
 で、真面目に教科書を読んでいさえすれば学部の一年ですら言わないようなデタラメに基づいて他人の文章を公開の場でダメ出しし始め、結果として相手の怒りを呼んだとしても、即座にお友達が駆けつけてくれる。そして、半可通が生煮え知識に基づいてデタラメを言っているなんて言われる筋合いないよ、などと擁護してくれる。あるいは、これは完全に匿名でコメント欄に書き込まれ(て私が承認しなかった)たことだから誰の仕業かはわからんけれども、真偽の問題で怒っている私に対して、「友達いなさそう」とか書き込んでくる輩もいたからね(……まあ、私に批判されてる側に「共感」したんでしょうな)。正しいか間違っているかの話をしているのであって、コミュニケーション能力がうんちゃらとかの話をしてるんじゃねーよ。
 こういうのはまあ要するに、SNS上で形成される仲良しごっこの論理で、アカデミズムの論理をねじ曲げているわけですな。みんなで仲良く共感しあって、コミュニケーション能力を磨きあって、内輪の共同体の内部ではいっぱしの者であると認めてくれる。だけどその実態はと言えば、自分の専門分野のはずの領域の基礎中の基礎中の基礎用語の理解すらあやふやな人でしかなくても、その現実には目を向けなくてよくなる。……別に、SNS上では仲間に認められて自分の能力を信じることができるのだとしても、研究の論理は単に全く別のことですからねえ。仲良しさんが多かろうがなんだろうが、論外の人は論外であるだけの話しなわけで。
 そりゃあ、お友達の輪の中で、互いに互いを甘やかしあってスポイルしあって、際限なく知的水準を低下させようがなんだろうが個人の勝手なわけですが、そんな内輪の理屈を、世界共通の絶対的な尺度が存在する、研究の領域に持ち込んではいけない。教科書レヴェルの知識すら怪しいのにもかかわらず、用語辞典のような基礎文献を調べる手間すら省くほど怠惰であり、SNS上で当たり前のことででもあるかのように他人に素朴に質問してすませようとする。自分が知らない用語の話が出てきたら、慌てて自分で調べようとするどころか、あなたの個人的な用法ですかなどと言い出しちゃう。そんな態度の者が研究してますなどと自己申告しちゃうってことは、アカデミックな研究に必要とされる最低限度の建前に泥を塗ることでしかないでしょう。
 ……そりゃあ、こういうことが当たり前のようにまかり通ってしまうのであれば、「レポートをコピペででっちあげちゃったけど大丈夫かな?」「別にいいんじゃね?」なんて甘えが、いつしか「博士論文をコピペででっちあげちゃったけど大丈夫かな?」「別にいいんじゃね?」なんつーところまでずるずると後退してしまっても、確かに、何の不思議もないですな。


 ……まあ、違うものは違う、ダメなものはダメだと言ってくれる人がいなかったんでしょうね。あるいは、ダメ学生には簡単に単位をくれないような頑固な教員なんかはすぐに学生間で使えない認定するような世の中ですから、自分から遠ざけたのかもね。……しかしまあ、日本人が全体として、その場の空気をひたすら読んで、「その場の空気の中での正解」しか言ってはいけないことになろうがなんだろうが、正しいことは正しい、間違ってることは間違ってると、おれは言うけどね。


 付記 このエントリを独立した記事として読まれた方の中に誤解が生じているようなので、補足をば。なぜこのエントリを書いたかと言うと、もともと、私がサミュエル・ベケットのジョイス論について感想を書いているエントリがあったからです。そして、ジョイス論に即した文脈で「モダニズム」という用語を持ち出しているのにもかかわらず、明らかに意味不明なダメ出しをしてくる者がいました。
 で、その本人と直接やり取りをした結果、「私がしているのは狭義のモダニズムの話です」「狭義のモダニズムとはなんですか?」「エズラ・パウンドやT・S・エリオットやジョイスなどの潮流のことです。こういった潮流としてのモダニズムは、近代文学とは区別することが普通です」「近代文学とモダニズムを区別するなんて聞いたことがありません」という趣旨のやり取りがありました。
 私が最初から英語圏のモダニズムについて話をしているのは明らかであるのにもかかわらず(というか、そもそも「モダニズム」が英語なので、断りが無かったら英語圏の話をしていることになっても何もおかしくはないと思うのだが)、英語圏における「近代文学とモダニズムの区別」など存在しないかのように振舞いつつ、文学研究に携わっている……という人がいたわけです。そのため、「え、もしかして、英語圏での近代文学とモダニズムの区別自体が存在しないことになっちゃうの?」と考えたから、この記事を書くに至ったわけです。
 まあ、もともとモダニズムの多様な用法を把握している方がこのエントリを読んだ場合、言及されていないものがあると不審に感じてもおかしくないと思えるため、補足する次第です。……しかし、(パウンドやエリオットやジョイスに関することだと断りを受けた上で)近代文学とモダニズムの区別が存在するということ自体を聞いたことがないと言い放った当人が、さも、英文学と仏文学の用語の把握の違いであるかのような印象操作をする「エアリプ」をしていることについては、開いた口が塞がらないとしか言いようがないですがね。








更新頻度の変更について

 以前から予告していた通り、個人的に忙しくなって現在の毎週更新のペースを保つのが無理そうなため、ブログの更新頻度を変更します。
 現在は毎週土曜の更新となっていますが、4月からは、毎月第1・第3土曜の更新ということにします。扱う内容としては、毎月2回の定期更新のエントリを、書物に関するものとアメコミに関するものとにした上で、映画評は不定期更新とします。
 結果として、毎月3~4回の更新ペースにしていく予定ですので、改めてよろしくお願いします。





「奇書探訪」シリーズを中止します

 このブログで続けていた「奇書探訪」シリーズを中止することにしました。
 もともとこのシリーズは、難解だとされて敬遠されがちな書物を容易に読みほぐせるように解説・紹介するためにやっていました。つまり、意識的に読みやすく・わかりやすいようにハードルを下げて文章を書いていたわけです。……なんですが、そうすると、自分がすいすいと読み通せることで「自分の方がわかっている」と勘違いしたのか、謎の上から目線でダメ出ししてくる(その実、その内容はろくな知識もなくめちゃくちゃ)ような輩が増えてきました。……アホか。こっちが、テメーら程度のもんでも読めるようにレヴェルを落としてやってんだよ。
 少し前にボルヘスについて書いたエントリは、奇書探訪シリーズではなかったんですが、自分の中で、読みやすい文章を心がける癖がついていたことが災いしたのか……ボルヘスなんぞよりはるかに偉いノヴァーリスやホフマンについて書いていてもアクセス数は少なかったのに、インテリごっこに興じたいようなわけのわからん連中が押し寄せてくることになりました(……まあ、要するに、ボルヘスがそういう作家だということなんでしょうが……)。
 そうした連中が、自分では知的なことを書いているつもりなのか、てんで見当はずれの勘違い発言を、わざわざリンクをはったりブックマークをしたりコメント欄に書き込んだりして誇示してきたわけです。
 例えば、twitterからは次のようなのがあります。


くぼた(弱) @kbtysk33  ·  3月1日

ボルヘスに問題があるとすればそれはモダニズムの問題というより極めて近代的な小説というジャンルを中世的叙事詩としてあくまで捉えていたということにあるのではないかな。まあそれをモダニズムの問題と言えば言えるだろうが……


くぼた(弱) @kbtysk33  ·  3月1日

まあ難しくてわからんのですが


くぼた(弱) @kbtysk33  ·  3月1日

でもボルヘスの神曲論には問題はないと思うんだけどな。(ケチをつけるとしたら他のところだろう)ここが物足りないって話をしても…って感じだし


 人が、「Aだと思う。なぜなら、こうこうこういう理由があるからだ」と述べることに対する反論は、「Aではないと思う。なぜなら、こうこうこうだからだ」というものだ。「Aではない、Bだ」って、なによ? いきなり人の考えを全否定しておいて、Aではないことの論証もなければ、Bであることの論証もなし。テメー何様だよ? 自分の考えを誇示するために他人をダシにしてんじゃねーよ。
 だいたいさあ、ボルヘスはジョイスを評して、詩ではなく小説を書いたことで才能を浪費したと明言してるけどね(『ボルヘスのイギリス文学講義』p144)。こういう人が小説を詩として捉えていたとか言われても、意味がわからん。一方、『フィネガンズ・ウェイク』に関しては、ジョイスのやろうとしていることは既にキャロルが全部やっているとか書いている。だから、ボルヘスは実は、カントの『判断力批判』で美と崇高の峻別が理論化されたりエドマンド・バークの崇高論がゴシック・ロマンスの展開に影響を与えたりしたことで文学に流れ込んだ、モダニズムの価値観がよくわかっていなかったんじゃないかと言っているわけだよ。こういうことを前提とした考えが違うと言うのなら、「ボルヘスのモダニズム理解は完璧だった」ということを、具体的な文献に即してやれっちゅー話だよ。


 ……それと、なに、「ボルヘスの神曲論には問題はない」? なに言ってんの? 最初っから「問題がある(=欠陥・誤謬を内包する)」なんて書いてねーよ。「ボルヘスの『神曲』論が異様につまらなかった」→「この書物はこうこうこういう構成になっている」→「ところで、ボルヘスの文学観がこのようなものだとすると、ボルヘスの小説の実作は、20世紀の現代文学としてはこのような問題があるのではなかろうか」という流れの議論をしてるんだよ。な~にが「ケチをつけるとしたら他のところだろう」だよ。そもそもテメーがこんな簡単な文章の論旨を追うことすらできてねーんだよ。
 ……「まあ難しくてわからんのですが」、だと? だったらハナっから黙ってろや。


 ……え~、ということですので、難解すぎたり煩雑すぎたりする話に踏み込まずに、ある程度わかりやすく見通しがとりやすい話に終始すると、自分の方がわかっていると勘違いしたわけのわからない輩が押しかけてきて、謎の「おれ理論」を振りかざしだすということがわかりました。さすがに何度もそういうことを繰り返された結果として辟易しましたので、今後、文学や思想・哲学に関して書くときは、難易度を落とさないことにします。そのため、「奇書探訪」シリーズも中止となりますので、ご了承ください。……逆に、ハードルを下げないで書いた『「ボヴァリー夫人」論』に関するエントリなんかに関しては、こちらとしても有益な評が寄せられる、ということもありますしねえ。







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