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ニール・ゲイマンのジャック・カービイ賛

 さて、今回紹介したいニール・ゲイマンによる文章ですが、その内容はと言いますと、「キング」と呼ばれたジャック・カービイに関するものです。
 どのようなジャンルにおいても、その対象についてクリエイターがどんなことを言っているのかということで、むしろ言った側の本質がわかってしまう……そんな、絶対的な指標となる対象があると思います。例えば小説であれば、それはセルバンテスの『ドン・キホーテ』であると言えるでしょう。『ドン・キホーテ』について語り始めたときの小説家は本気であるし、その小説家自身の特質がさらけ出されてしまう(逆に言えば、『ドン・キホーテ』を読みもせずに小説を書いている者などそもそも論外である、ということになります)。
 アメコミの世界であれば、そのような対象であると言えるのは、これはもう間違いなく、ジャック・カービイであるわけです。そして、ゲイマンがカービイについて書いた文章には、ゲイマンがカービイから読みとったものが明確に表れています。
 問題の文章は、以下の書物に収録されています。







 『ジャック・カービイ:キング・オヴ・コミックス』


  著者:マーク・エヴァニアー


 これは、アメコミの歴史上でも最も重要なアーティストの一人であるジャック・カービイの評伝です。
 この書物、貴重な図版も多数収録されており、評伝としての完成度も高く、すばらしい出来映えなのですが……その本文以上に、ゲイマンによる序文がスーパーすばらしいのです。
 ということで、以下に、この序文を翻訳してみました(ふと思い立ってからちゃちゃちゃっと訳したものなので、もし誤訳などあればご指摘ください)。




 I never met Jack Kirby, which makes me less qualified than a thousand other people to write this introduction. I saw Jack, the man, once, across a hotel lobby, talking to my publisher. I wanted to go over and be introduced, but I was late for a plane and, I thought, there would always be a next time.
 僕はジャック・カービイに会ったことがない……だから、この序文を書くのに僕より相応しいという人は、まあ千人は下らないだろう。一度だけ、ジャックその人を見かけたことならある……ホテルのロビーの反対側で、僕の出版者と話をしていた。僕はそちら側に行って紹介してもらいたかった、しかし、飛行機の時間に遅れそうでもあった。だから僕は考えた――何事にも次はあるさ、と。


 There was no next time, and I did not get to meet Jack Kirby.
 「次」はなかった……僕がジャック・カービイに出会うことはなかった。


 I had known his work, though, for about as long as I had been able to read, having seen it on imported American comics or on the two-color British reprints that I grew up on. With Stan Lee, Kirby created the original X-Men, the Fantastic Four (and all that we got from that, the Inhumans and the Silver Surfer and the rest), and the Mighty Thor (where my own obsession with myth probably began).
 しかし、彼の仕事なら、自分が読むことを覚えたのとほぼ同じころからずっと知っている……輸入されたアメリカン・コミックスや、二色刷りの英国での再版、僕はそれらを読みながら成長した。スタン・リーとともに、カービイは創造した……オリジナルのXメン、ファンタスティック・フォー(そしてそこから派生した、インヒューマンズやシルヴァーサーファーやその他多く)、そしてマイティ・ソー(おそらく、僕の神話へのこだわりは、ここから始まっている)。


 And then, when I was eleven or twelve, Kirby entered my consciousness as more than the other half of Smilin' Stan and Jolly Jack. There were house ads in the DC Comics titles I was reading that told me that "Kirby Was Coming." And that he was coming to...Jimmy Olsen. It seemed the least likely title Kirby could possibly turn up on. But turn up on Jimmiy Olsen he did, and I was soon floundering delightedly in a whirl of unlikely concepts that were to prove a gateway into a whole new Universe.
 その後、僕が十一歳か十二歳のとき、カービイは「にこにこスタンとゆかいなジャック」の片割れという以上の存在として、僕の意識の中に入り込んできた。僕が読んでいたDCコミックスのタイトルの中の自社広告に、こうあったのだ……「カービイがやってきた」。そう、確かにカービイはやってきた……「ジミー・オルセン」誌に。それは、カービイが上昇気流に乗る見込みは最も薄いように思えるタイトルだった。しかし彼は、実際に「ジミー・オルセン」誌で上昇気流に乗ってみせたし……僕はすぐに、喜びのあまりのたうちまわることになった――完全に新しい宇宙への道を示す、ありえないような発想に頭がくらくらして。


 Kirby's Fourth World turned my head inside out. It was a space opera of gargantuan scale played out mostly on Earth with comics that featured (among other things) a gang of cosmic hippies, a super escape artist, and an entire head-turning pantheon of powerful New Gods. Nineteen seventy-three was a good year to read comics.
 カービイの「フォース・ワールド」は、僕の頭をひっくり返した。それは、凄まじい規模で展開された、主に地球を舞台とするスペースオペラであり……そこに登場するのは、宇宙ヒッピーの一団であり、超絶的な脱出芸人であり、力強いニュー・ゴッズのすばらしく魅力的な殿堂だった。1973年は、コミックスを読むにはいい年だったんだ。


 And it's the Iggy Pop and the Stooges title from 1973 that I think of when I think of Jack Kirby. The album was called Raw Power, and that was what Jack had, and had in a way that nobody had before or since. Power, pure and unadulterated, like sticking knitting needles into an electrical socket. Like the power that Jack conjured up with black dots and wavy lines that translated into energy or flame or cosmic crackle, often imitated (as with everything that Jack did), but never entirely successfully.
 そして……僕はジャック・カービイのことを考えるとき、イギー・ポップ・アンド・ストゥージズによる、1973年のとあるタイトルのことをも考える。そのアルバムは「ロー・パワー(剥き出しの力)」と言うのだが、これはまさにジャックが持っていたものだ……彼以前にも以後にも、誰も持たなかったものだ。まるで編み針をソケットに突き刺したかのような、純粋で混じりけのない力。まるで、ジャックが黒い点々とうねる描線で召喚したかのような力……これらの点々や描線は、エネルギーや炎や宇宙の割れ目へと変換されるのだが、それはしばしば模倣されてきた(ジャックがやったのと全く同じように)――しかし、それが完全に成功することは決してない。


 Jack Kirby created part of the language of comics and much of the language of super hero comics. He took vaudeville and made it opera. He took a static medium and gave it motion. In a Kirby comic the people were in motion, everything was in motion. Jack kirby made comics move, he made them buzz and crash and explode. And he created...
 ジャック・カービイは、コミックスの言語のある部分を創造し、そして、スーパーヒーロー・コミックスの言語の大半を創造した。彼はヴォードヴィルを取り上げ、それをオペラへと作り替えた。彼は静的なメディアを取り上げ、そこに動きを与えた。カービイのコミックの中では、人々は動いている、いや、何もかもが動いている。ジャック・カービイはコミックスを動かした……彼はコミックスにうなり声を上げさせ、あるいは凄まじい音を鳴り響かせ、あるいは爆発させた。そして彼は創造した……


 He would take ideas and notions and he would build on them. He would reinvent, reimagine, create. And more and more he built things from whole cloth that nobody had seen before. Characters and worlds and universes, giant alien machines and civilizations. Even when he was given someone else's idea he would build it into something unbelievable and new, like a man who was asked to repair a vacuum cleaner, but instead built it into a functioning jet pack.(The reader loved this. Posterity loved this. At the time, I think, the publishers simply pined for their vacuum cleaners.)
 彼は、発想や概念を手にすると、それを建て増ししたものだった。彼は再発明し、再想像し、創造した。彼は、それまで誰も目にしたこともないようなものを、全くの無から次々に作り上げた。キャラクターを、世界を、宇宙を、そして、巨大エイリアンの機械や文明を。誰か他人の発想を与えられたときでさえ、彼はそれを信じられないほど新しいものとして作り上げた……言ってみれば、電気掃除機の修理を頼まれた男が、その代わりに、実際に機能するジェットパックに作り替えてしまったようなものだ(読者はこれを愛した。後続の世代も、これを愛した。僕が思うに、当時の出版社たちは、単純に電気掃除機だけを求めていたんじゃないかな)。


 Page after page, idea after idea. The most important thing was the work, and the work never stopped.
 ページに次ぐページ、発想に次ぐ発想。最も重要なのは仕事だったが、その仕事が止まることはなかった。


 I loved the Fourth World work, just as I loved what followed it--Jack's magical horror title, The Demon; his reimagining of Planet of the Apes (a film he hadn't seen) with Kamandi, The Last Boy On Earth; and even loved, to my surprise, because I didn't read war comics but I would follow Jack Kirby anywhere, a World War Ⅱ comic called The Losers. I loved OMAC, "One Man Army Corps." I even liked The Sandman--a Joe Simon-written children's story that Jack drew the first issue of, and which would wind up having a perhaps disproportionate influence on the rest of my life.
 僕は「フォース・ワールド」の仕事が大好きだった、ちょうど、それに続くものが大好きだったように――ジャックによる魔法とホラーのタイトル、『デーモン』。あるいは、『猿の惑星』を自分流に作り直した(彼はそもそもこの映画を見ていなかったのだが)『カマンディ、地球最後の少年』。そして、自分でも驚いたことに――というのも、僕は戦争もののコミックスを読まなかったからなのだが、ジャック・カービイならどこまでも追いかけていた――第二次世界大戦を描いたコミック、『ルーザーズ』さえ愛した。僕は『OMAC(One Man Army Corps)』が大好きだったし、『サンドマン』でさえ好きだった。この『サンドマン』とは、ジョー・サイモンがライティングをした、子供たちのストーリーであり、最初の号はジャックが描いていた……そして、この作品は、その後の僕の人生に対して、おそらくは過剰すぎるほどの影響をもたらす羽目になったのだった。


 Kirby's imagination was as illimitable as it was inimitable. He drew people and machines and cities and worlds beyond imagining--beyond my imagining anywhere. It was grand and huge and magnificent. But what drew me in, in retrospect, was always the storytelling, and in contrast to the hugeness of the imagery and the impossible worlds, it was the small, human moments that Kirby loved to depict. Moments of tenderness, mostly. Moments of people being good to one another, helping or reaching out to others. Every Kirby fan, it seemes to me, has at least one story of his they remember not because it awed them, but because it touched them.
 カービイの想像力は、無比のものであると同程度に、果てしのないものでもあった。彼が描く人々や機械や都市や世界は、想像を超えていた――僕の想像を超えていた、と言うべきかな。それは壮大で、巨大で、すばらしかった。しかし、僕が引き込まれたのは、いつもストーリーテリングの方だった……空想的なありえない世界の巨大さとは対照的に、それはささやかで人間的な瞬間であり、カービイはそれを描写することを愛したのだった。ほとんどは、優しさが表れる瞬間だ。人々が互いに親切になり、助け合い、手を差し伸べる、そんな瞬間。僕には、こう思える――全てのカービイ・ファンは、畏怖させられるからではなく、心打たれるからこそ覚えている……そんなカービイのストーリーを、少なくとも一つは記憶にとどめているはずだ、と。


 I did not meet Jack Kirby. Not in the flesh. And I wish I had walked across that room and shaken his hand and, most important, said thank you. But Kirby's influence on me, just like Kirby's influence on comics, was already set in stone, written across the stars in crackling bolts of black energy dots and raw power, and honestly that's all that matters.
 僕はジャック・カービイに会えなかった。直接、面と向かっては。今になって思うに……あの部屋を渡って、歩み寄ることができていたら。彼の手を握れていたら。そして、最も重要なこととして、「ありがとう」と言えていたら。しかし、カービイの僕に対する影響は、ちょうどカービイのコミックスへの影響がそうであるように、既に不動のものになっている――星々の合間に、エネルギーの黒い点々や剥き出しの力が織りなす、バチバチと音を立てる稲光とともに書き込まれている――そして、正直なところ……大切なことは、ただそれだけなんだ。




 最初は、部分的に翻訳して紹介しようかと思っていたんですが、あまりにもすばらしい文章だったので、思わず全部訳してしまいました。
 なお、一番最後の文章でゲイマンが言っている「黒い点々」とか「剥き出しの力」という言葉は、要するにカービイが多用した特殊な背景効果を表しているわけですが、これとかこれとかこれを見ればわかるでしょうか。
 日本語訳で手に入りやすいものだと、『ジャスティスリーグ:誕生』でダークサイド様が地上に降臨なさられてアクションが展開される一連の場面で、アーティストのジム・リーが、カービイへのオマージュとして、この効果を多用しています……が、これなんかも、ゲイマンに言わせれば、「成功することは決してない」例の一つということになるんでしょうな。
 それにしても、この序文、ひたすらカービイ自身のことばかり書いていて、評伝の中身については何も書いていないですが……そのことに気づいたのか、ゲイマン、本文の後に「P.S.」として、評伝についてのことを取って付けたようにちょろちょろっと書いているのでした。
 また、ゲイマンが特に熱心に述べている、一連の「フォース・ワールド」ものは、近年になってようやく、完全な形で収録された四分冊のコレクションが発刊されました。以下のものになっております。











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